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PJ: 今藤 泰資

店舗オーナー側から見たセブンイレブンの凋落、時代を読み違えた業界最大手
2009年06月24日 07:36 JST


もはや効率経営第一主義の世の中ではない。日本と世界が向かう逆の方向にセブンーイレブン・ジャパンが歩き続けていることが問題なのである(撮影、編集:今藤泰資) 

【PJニュース 2009年6月24日】コンビニ最大手セブン-イレブン・ジャパン(東京都千代田区)が大揺れに揺れている。フランチャイズ(FC)契約を結んだ加盟店に対し、賞味期限が迫った弁当やおにぎりの「見切り販売」を制限したのは、独禁法の「優越的地位の乱用」に当たるとして、公正取引委員会は22日、同社に見切り販売を可能にするマニュアル整備などを求める排除措置命令を出したからだ。

今では日本国内1万2105店舗を筆頭に、本体であった米国の6320店など、台湾、タイ、韓国、中国、マレーシア、デンマーク、スウェーデンその他に進出した国際的企業である株式会社セブンーイレブン・ジャパン。昭和48(1978)年11月20日、わずか15名の素人集団が立ち上げた株式会社ヨークセブンが、米国サウスランド社(現セブン-イレブン,Inc.)と日本国内のエリアサービスおよびライセンス契約を締結したことに始まる。翌49(1979)年5月、東京都江東区・豊州に1号店を開設。当事者たちも予想しなかった大企業に成長したのも、「販売」と「物流」、そして「商品管理」の基本的概念を打破したことにつきるだろう。物販以外の分野にまで事業を広め、消費舎ニーズに応えたセブンーイレブンの役割は大きい。

わたしがガソリンスタンド併設のセブンイレブン下館東店を開設した昭和61(1986)年10月。京王線永山駅近くにあったイトーヨーカ堂の研修所を皮切りに、栃木県下の店舗で実地研修を重ねた。本業である商事部長以外の慣れない仕事は辛(つら)かったが、わたしは業界再編という課題に挑戦しているという気概に満ちていた。当時、同社の総店舗数は、まだ2964(現1万2298店)、売上高は5219億円(現2兆7625億円)であった。オーナー会議や新商品発表会などでお目にかかる機会の多かった鈴木敏文社長(現株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長・CEO)の類稀(たぐいまれ)な経営手段によって、消費者嗜好(しこう)も、流通小売業界も大変革させたことは「セブンイレブンの奇跡」などとして評価の声が高かった。

創業の理念には「既存中小小売店の近代化と活性化」に加え「共存共栄」を唱(うた)っているが、当初より後半の「共存共栄」に疑義を持つオーナーが多かったのも事実だ。確かにセブンイレブンが強調するように、「多数の業界初やヒット商品が、高いブランド力を作りあげ、収益改善や他チェーンとの差別化をも成功させている。素材・製法や品質管理にまでこだわった取り組みが、売り上げ・出店数ともに業界トップクラスの実績を支え、研修を積んだOFC(店舗経営相談員)が、店の収支から売り場づくり、アルバイトの管理まで徹底的に行っている」のは理解に足りる。だがその一方、経営者は「夫婦2人で布団が1枚」という24時間365日勤務の厳しさと、OFCの離婚率の高さは業界随一だとささやかれるほど、加盟店にもセブンーイレブンの社員にも労働条件の悪い職場であった。

茨城県内の主要道路に面したわたしの店は、真夏の夜にはしばしば暴走族のたまり場になった。全売り上げの9%程度は万引の被害にあった。目の前でモノが盗まれても、少ない店員では実際のところ防ぎようもない。バイトで雇った若い女性店員らが、客とグルになって商品を処理されれば手の打ちようもない、ある日の深夜、勤務を終えたわたしの自宅に、部下の某君からあえぐような声で緊急電話があった。「持病の胆石が出た。店で倒れた、助けてほしい」というのだ。救急車で近隣の病院に入院させたわたしは、一睡もすることなく、引き続き店に出なければならなかった。

わたしの店は、転換期を迎えた石油販売業の新業態店であったから、人手に不足はなかったが、緊急時に専門的な知識を得て勤務できる体制にはない。そうまでしても売り上げは伸びず、赤字経営は続いた。ましてやタバコ店や酒販店から転業したオーナーさんの苦労は身にしみて理解できた。

現在、こうした労働条件や経営体質は改善されていると信じたいが、事実はどうか。今回「廃棄商品の15%は本部負担」では加盟店との決着が見るのはほど遠いのではないか。その前に食料自給率が40%を割るわが国の現状をなんと見るのか。地球規模でエコが叫ばれる現在、「全国1万2000店で連日廃棄される食料」をもったいないと見、ムダを減らす努力を怠っているのではないか。「安心安全」のつけを弱い立場にある加盟店に転換すべきではない。

連日の報道を見聞きするにつけ、23年前の毎日が思い出された。夕方になると「食パン」を「捨てパン」にし、飲める牛乳を捨て、時間を経過したコーヒーをシンクに流す。そのつど、わたしは「モノを大切に」という亡き母の言葉を思い出した。ことの本質は「見切り販売」の有無ではない。もはや効率経営第一主義の世の中ではない。消費者志向であってもならない。セブンーイレブンの現幹部らは時代を読み違えた。自分たちは、世界が向かう方向と逆に歩いていることに気づかねばならないのだ。【了】

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