PJ: 今藤 泰資
大韓民国の「陰」と「陽」=過去を忘れた軍事国家
2009年06月27日 10:56 JST
初代大統領の李承晩(イ・スマン)は1950年9月25日、朝鮮民主主義共和国からの暴挙に対し、多大な支援を得たアメリカを始めとする国連加盟各国に心からなる謝意を表明した。直前の仁川上陸作戦によって、マッカーサー元帥が指揮したソウル奪還作戦に対してである。写真展の後方には、デンマーク、インド、ルクセンブルク大公国、ニュージーランドなどの国連軍として参加した各国の国旗が見える(撮影:今藤泰資) 
【PJニュース 2009年6月27日】ソウル市内をつぶさに観察すると、大韓民国の史実と実態が浮かび上がってくる。その一つは、「日帝の植民地」と化した過去に対する「反感」と想像以上の「憧憬(しょうけい)」である。韓国人は明確に認めようとしないが、政治や文化、経済に至るまで、本質的な規範は「大嫌いな国・日本」であり、憧憬の裏返しこそ、反日感情と見ることができる。また反米主義者の国・韓国と韓国民には、在日アメリカ軍の犯す行為に敏感な沖縄県民と似通った雰囲気がある。異なる点は、沖縄におけるアメリカ軍が「征服者」の歴史の上に立つ一方、韓国でのアメリカ軍は、本来「解放者」として畏敬(いけい)の対象であってもおかしくないことだ。
1950年6月25日、北朝鮮民主主義共和国の大部隊が突如38度線を越え大韓民国に侵入。朝鮮半島の覇権をめぐる長く激しい戦いが始まった。朝鮮戦争である。韓国の初代大統領の李承晩(イ・スマン)はこの年9月25日、朝鮮民主主義共和国からの暴挙に対し、多大な支援を得たアメリカを始めとする国連加盟各国に心からなる謝意を表明した。直前の仁川上陸作戦によって、マッカーサー元帥が指揮したソウルを奪還作戦に成功したからである。わたしが訪韓したこの日、清渓川(チョンゲチョン)のほとりで朝鮮戦争当時の写真展が開かれていた。わたしは1枚の写真の前に立ち尽くした。負傷中のアメリカ兵士が、さらにヘルメットを貫通した銃弾に倒れていた。英語とハングルの解説には「この若者は、韓国と韓国民の自由のために倒れた」とあった。朝鮮戦争とベトナム戦争との違いは、国際共産主義の台頭を制御するか否かにあった。ベトナム戦の無駄死と朝鮮戦争の大義ある死とは意味が違うのだ。アメリカはどれほどの血と涙をこの国に注いだことか。歴史は時に忘れ去られ、屈折した感情は、時に星条旗まで燃やす。これは韓国の「陰」の部分なのである。
ソウル市の忠武路(チュンムロ)には、韓国の国民的英雄・李舜臣(イ・スンシン)の像が屹立(きつりつ)している。李将軍は1592年から始まった文禄・慶長の役の当時、朝鮮水軍を率いて日本軍との戦いに活躍した人物で、忠武路の由来もそこにある。この道を軸にして、景福宮と徳寿宮、市庁舎や政府諸官庁などが集まり、米国や日本の大使館などの各国の出先も多い。反米デモも、反日運動も多くはこの周辺が拠点。今も昔も米国大使舘周辺は、24時間態勢で戦闘警察が警備に当たっている。付近はしばしば民衆争乱の場と化し、あるいは20万人もの群集がワールドサッカーに声援をおくることもある。太平洋戦争終結直後から、60年、70年安保のころまで、都内の日比谷や皇居前広場が同様であったことが懐かしい。わが国における多くの事件を懐古しているワケではない。民衆、大衆という言葉が死語になり、国民に政治や経済に対するエネルギーが失われた現代日本が恨めしいのである。その意味において、わが国は「陰」の道を歩み、韓国は「陽」の国の印象が濃い。
ところでこの旅では、「日本に30数回渡った」という花屋の美人経営者に会い、交換研修で来日した忠北大学の図書館司書にもお目にかかった。PJニュースでおなじみの南明玄(ナム・ミョンヒョン)君は、清州の一日を彼の父親・南基喆(ナム・ギチョル) さんと、スラリとした彼女と共に市内を案内してくれた。好々爺に見えるギチョルさんは、ベトナム戦争に従軍し、38度線の非武装地帯・DMZ(demilitarized zone)の守備にもついた韓国陸軍の猛者である。彼は行く先々でわたしのことを「この人は日本からの客」と自慢して歩き、昼食をごちそうになったレストランの主は、「ならばこれを持って帰ってくれ」と度の強い清州名物の焼酎をわたしに手渡してくれた。このような場合の韓国人は「陽」なのである。明るくさわやか、義理人情、浪速節の世界の人になる。もちろん当方も、心からなるホスピタリティーを発揮されて、気分の悪いわけがない。
帰国した日、郵政問題のもつれから鳩山邦夫総務相が辞任したと知った。報道各紙の伝えるところによれば、本来「西川善文社長の更迭」を目論んでいた麻生首相との摩擦を避けたように読めた。なぜ麻生氏は、この老いて頑固な経営者のために、自らの座を推挙してきた人物を追いやったのか。「辞任はしない」と強調してきた鳩山氏は、断固総務相の座を死守すべきではなかったか。送り出す人物が粗末ならば、愚痴を言いながら去る人物はさらに惨めに見える。首相麻生太郎の祖父・吉田茂は毀誉褒貶(きよほうへん)あい半ばするとはいえ、個性豊かな政治家であり、相応の重さがあった。敵前逃亡に等しい姿で職を辞した安倍晋三元首相も福田康夫前首相も、累につながる政治家たちにはみな気骨があった。揺れ動く自民党の危機的現状に際し、「総裁選を前倒しにするのは国民から姑息(こそく)な手段と見られる云々」とする安倍氏の発言など聞きたくもない。
身の程知らずの政治家など、過去の日本には存在しなかった。田中角栄元首相の金権政治や、隣国の前大統領の自死を称賛するものではないが、「強烈さ」とか「いさぎよさ」といったリーダーの資質に欠ける政治家が、現代日本にはいかに多いことか。陰気で貧乏くさい彼らの姿は、隣国から自国を振り返れば、その粗末さが浮き上がって見える。インパクトの強い韓国料理も韓国人の気性も、この国の政界も財界も個人生活でも、陰陽、白黒、旗幟(きし)鮮明する国である。片や日本はなにもかも灰色、中間色の国。金浦空港からわずか2時間少々、羽田に降り立ったわたしの目には、悲しいかな、縁取りもアクセントもない粗末な国になったように映って見えた。【了】
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