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PJ: 今藤 泰資

火炎樹の花咲く島、サイパンに行く(下)貧しさと幸せ
2009年05月26日 06:50 JST


サイパンの自然は豊かである。この小島の覇権を争った日米両軍の愚かさをさげすむように、蒼穹の大空を横切るのはシロアジサシの真白な翼。神のつくり賜うた自然に敵うものはない(撮影:今藤泰資) 

(中)からのつづき。サイパンの自然は豊かである。65年前、小島の覇権を争った日米両軍の愚かさをさげすむように、火炎樹やブーゲンビリアの花々が競い合って咲く。蒼穹(そうきゅう)の大空を横切るのはシロアジサシの真白な翼。紺碧(こんぺき)の海を裂くように走るのは、時速80キロ超のジェットボートだ。島の東、フィリピン海にはサンゴ礁が広がり、小さくに浮かぶのは観光名所のマ二ャガハ島。マリンスポーツのメッカである。島全域がバード・サンクチュアリに指定され、5ドルの入島税を支払い入島する仕組みになっている。

 太平洋戦争当時、周囲1.5キロの島は日本海軍の守備隊によって要塞(ようさい)化され、別名「軍艦島」と呼ぶほどの重装備された。島の中ほどにトーチカがあり、サビついてはいるが立派な艦載砲が虚空を睨(にら)んでいた。詳細に点検して見ると「呉海軍工廠・明治参拾伍年・四拾口径」の文字が読めた。呉海軍工廠は広島県呉市にあった日本海軍の軍事工場。戦艦大和を建造したことでよく知られている。ただし、帰国後の調査によれば、呉工廠の設立は明治36年とあった。旧式砲を南の島に輸送し、鉄筋コンクリートで固めた要塞の跡はまさに真夏の白昼夢。むなしさばかりが残ったものだ。

 サイパン滞在2日目の朝。繁華街ガラパンの海岸に案内されたわたしたちに、救命胴衣が渡された。「手荷物や貴重品はボートで預かる」と手まねと片言の日本語の説明がある。「前回は20分ほどかかってマニャガハに渡ったが?」といぶかすわたしたちの目の前に、バナナボートが横付けした。オプショナルツアーにバナナボートとあったが、「まさかこれで?!」と思う間もなく、ジェットボートに牽引(けんいん)されたバナナは高速で水上を走りだした。さすがに怖い! 三角波を乗りきるたびにバンバンと身体が跳ね上がる。約15分のジグザグ運動はアット言う間もなく終焉(しゅうえん)。いい年のチョイ悪オヤジ連プラスワン、チャモロ人のいぶかしげな視線を感じて少々恥ずかしかった。

 何度来ても水質のよさは天下一品だと一同感心する。貸し出されたゴーグルにシュノーケルを着用しての素もぐりで、目の前を小ぶりのタイガーシャークが横切ったのには驚いたが、水族舘で見た色とりどりの魚の中を泳ぐ気分は筆舌に言い表しがたい。水中カメラの用意がなかったことを悔やんだ。シーズン最中なのに観光客の姿が少ない。聞こえる声は中国語ばかり。熱心に客引きするマッサージ嬢も中国人、日本語は堪能だが、英語はほとんど通じない。中国人租界をつくり、日本人観光客を相手にするので、その必要がないらしい。木陰でトランプに打ち興じる刺青男も同輩らしいが、その騒ぎにはマッサージ嬢も「?」と首をかしげる。

 サイパンの自然以上に豊かさを感受できたのは、島民の人情と暮らしぶりである。米国の委任統治下にあっても、出入国管理は容易だし、なにより物価の安いことが魅力的。毎週木曜日に開かれるフリーマーケットで、そのことを実感させられた。市場に近い「交番」では「Can I help you sir?」と敬語で問い返された上、懇切丁寧に行き先を教えてくれたし、立ち食いメニューはどの店も「全品5つ、オール5ドル」。和食あり、中華あり、韓国料理あり、チャモロ料理ありで選ぶのに苦労する。缶ビールは「輸入品のキリン」でさえたったの2.5ドル。巨大なスペアリブにチキンの照り焼き、チャーハンにキムチ、生春巻き5ドルには、さすがの大食漢も大満足。観光客も現地の人も、多彩な言葉が行き交う街角は、ハワイには今ではない光景だ。

 南海の小島サイパンには子どもの姿が目立つ。朝7時半から始まる小学校の送迎はもちろん黄色のスクールバスだ。ここにはたった50セントの朝食と1ドルの昼食が用意されている。遠方から通う子どもたちにもその親にも、安価で栄養価の高い食事がとれるのは天国の島ならではのこと。さらに小中高の学費は全額免除である。その一方、環境問題への関心の高さはやはり小島の持つ運命か。ゴミ処理は有料で毎月50ドルの支払いが求められるが、分別の必要はない。

 フリーマーケットの各所に大きなゴミ箱が用意され、缶ビールの空き缶も、スペアリブの骨も、バナナの皮もみな一緒。年間170万円あれば豊かに暮らせるとの情報もあり、治安のよさを勘案すれば、「貧しさと幸せ」は紙一重と思いたくなるのがサイパンということになる。ハワイと同様の風が吹き、太陽が照り、雨が降ってもサイパンはわたしにとってやはり天国の島に思えた。だが、それでもなお、多くの戦跡はわたしの心の隅から永遠に消えることはない。

 5月22日早朝、サイパン空港を飛び立ったNW009便は、ややあって「右手にイオージマが見える」とアメリカ人操縦士が野太い声で案内した。太平洋戦争後期の島嶼(とうしょ)攻防戦で、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った稀有(けう)な戦闘であり、アメリカ軍の戦死傷者数が日本軍の戦死傷者数を上回ったからだ。米国にとっては激戦の地としての矜持(きょうじ)を持ちたいのだろうが、日本人には「大量殺戮(さつりく)の島」であり、愚かな指導者によって亡くなった多くの子や兄や父の眠るついの棲家(すみか)。誇らしげな解説は無用だとわたしは思い、友人も同感だと言った。70年前の同じ日、皇居前広場で内・外地の学生生徒3万2500人が集結し天皇の親閲式が行われた。「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」が発布され、青少年を戦いの尖兵(せんぺい)としたことは、帰国後知った。【了】

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