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PJ: 今藤 泰資

火炎樹の花咲く島、サイパンに行く(中)ラストコマンドの悲劇
2009年05月25日 07:24 JST


「バンザイクリフ」と呼ばれる日本人自決の崖。遥か祖国を思いながら死んだ同胞の気持ちを思うと、心は思い(撮影:今藤泰資) 

(上)からのつづき。日本統治時代、彩帆(サイパン)島はサトウキビの栽培で賑(にぎ)わった。当時わが国で消費される砂糖の3分の1はサイパン産だったという。全島にくまなく鉄道網が敷設され、軽蒸気機関車の引くサトウキビは工場に集められ、労働力確保のため朝鮮人や中国人のほか、沖縄からの移住者も多かった。悲惨なことにこれら民間人の多くは、1944年6月15日から始まったアメリカ軍の集中攻撃の犠牲となり、8000名とも1万名とも言われる死者を数えた。

 被害の多くは11隻の巡洋艦から発せられた艦砲射撃によるものであり、米軍の記録によれば18万発の砲弾が、この小島に雨あられと降り注いだという。この時の主力である重巡洋艦インディアナポリス( Indianapolis)は、1945年7月26日、テニアン島へ原子爆弾を運んだ後、7月30日フィリピン海で日本の潜水艦伊58の雷撃により沈没するという数奇の運命を持つ。

 奇襲攻撃を仕掛けたホランド・スミス指揮下の第2、第4海兵師団と第27歩兵師団の総数は6万7000名弱。その主目的が日本全土を目標とした空軍機による爆撃基地の構築にあることを掌握出来なかったのは、わが国軍部の大失態である。1899年、マリアナ諸島はドイツがスペインから買い取った領土であった。第一次世界大戦後、戦勝国の日本に委任統治されることになった。南洋庁が開設され、サイパン・テニアン・ロタは南洋興発の模範とされていた。多くの日本人が移住していたにも関わらず、軍部は南洋島嶼(とうしょ)の守備よりも対露戦を重視していたとされる。

 本格的なサイパン防衛に着手したのは米軍の反攻が始まる20日前。周到にサイパン攻略の準備を進めてきたアメリカ軍に対し、日本軍は決定的に立ち遅れていたのである。基本的国力、統合的な指揮力、戦時供給力、情報戦など、どれをとっても敗戦の一途(いっと)を辿(たど)るしかなかったのである。サイパン戦で戦った日本兵士は3万1000名(米軍6万7000名)。亡くなった日本軍兵士は、2万5000名(米軍は3500名。戦傷者1万3000名)。その他日本軍の自決者は約5000名前後、捕虜は約1000名。日本兵の多くはまったくのムダ死なのである。

 サイパン北部の「ラストコマンド」とアメリカ軍が呼んだ日本軍最後の指揮所は、今や観光名所である。そこでは死者への鎮魂というより、単なる歴史の一端でしなかい現実のなか、集められた日本軍の兵器を見た私は無精に腹が立った。高射砲を速成の速射砲に仕立ててアメリカ軍の侵攻に備えたが、準備不足から暴発して砲口が裂けた一門さえあった。

 無残な姿をさらす「九五式軽戦車」は、1935年に制式化され、第2次世界大戦の終結まで帝国陸軍が主に使用した軽戦車である。全長4.3メートル、空冷6気筒に37ミリ戦車砲と7.7ミリの機銃を装備、「足回りのよい戦車」として重宝がられたが、強力な連合軍戦車や対戦車砲は元より、アメリカ軍の小銃でさえ装甲を貫通したとされ、すべてがものの見事に撃破されたという。

 1944年7月9日、サイパンと隣接するテニアンを制圧したアメリカ軍は、日本本土攻撃の橋頭堡(ほ)を確保した。その直後、わたしの住む阪神間を新鋭爆撃機B-29の絨毯(じゅうたん)爆撃を受け、その後広島、長崎に原子爆弾を投下したのである。

 戦後、サイパンで生き残った田中徳祐大尉という独立混成第47旅団所属の目撃談が出版され、多くの「伝説」が流布された。アメリカ軍の悪逆非道の行為を立証したとする田中大尉。その真偽のほどは定かではないが、「死して虜囚の辱めを受けず」と教育されながら「捕虜となった高級将校」の言い分など、わたしは信じる気にはなれない。そもそもどのような戦争であろうとも、「いくさそのもの」が、人道に反する悪逆非道の行為であり、彼我ともに過去に学ぶ精神を持ち合わせねば、歴史は間違いなく繰り返されるだろう。

 愚かな戦争を指導したのは紛れもなくわたしたち日本人であり、民間人に無差別爆撃を加えたのは、あの「明るいヤンキー」であったことは、まぎれもない事実。硫黄島や沖縄で多用されたアメリカ軍の火炎放射器は、サイパン戦で始めて使用された。洞窟(どうくつ)にこもった住民らの死因の多くは、焼死ではなく、(酸欠による)窒息死であることを特筆しておきたい。

 4年前の訪問では、単なる戦跡めぐりでしかなかったサイパン。この日のわたしは阪神中西太監督の起用に不満を募らせた江本投手が、「ベンチがアホやから野球がでけへん」と批判したことを思い出した。指導部がムダ死にさせた結果が、さらなる日本人殺戮(さつりく)の歴史を生む。そんな単純な構図を読めない、対策を講じられない指導者は現代にも多い事実を注視すべきだろう。【つづく】

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