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PJ: 今藤 泰資

【よこ顔】舟屋の里・伊根の美人杜氏向井久仁子さんは、ただ今寒仕込みの真っ最中(下)
2009年03月17日 14:50 JST


向井酒蔵は伊根湾に面している。「昔、酒は海から出しました。だから今、海からも買える酒蔵」にしようと決意し、桟橋まで作った(撮影:今藤泰資) 

(上)からのつづき。蔵は伊根湾に面している。「昔、サケは海から出したんです。だから海からも買える酒蔵」にしようと決意した。偶然知り合ったヨット連盟の会員の呼びかけで、他県のヨットも入港するようになり、ポンツーンを作った。ポンツーン(pontoon)とは、臨時の橋として用いる舟橋や平底舟、平底ボートやはしけなどを意味する言葉だ。「ここ、最高の場所なんです。夏の夜には、この岸壁をアワビやサザエ、エビなんかが、はい上がってくるんですぅ。それをすくって一杯やるんですわぁ」とうれしそうだ。

「それに毎年8月、伊根湾の花火大会がありまして」という。この日の打ち上げ数は約1000発、伊根の人口をはるかに超える約5000人の観客が集まり、舟屋を覆い尽くす色とりどりの花火に「海面に映える光景は最高」だそうで、「この夜、ウチの酒はまた格別ですねん」と続ける。そりゃそうだろう。海からはい上がった肴をつまみに飲む地酒、まさに「地産地消」を地で行く風景ではないか。誰だって一杯でも二杯でもやりたくなる。2007年1月には、対馬市商工会青年部の集まりに招かれ、「いかに地域を盛り上げるか〜人とモノの交流拡大について〜」の講演を行った。杜氏向井久仁子氏として紹介されたのも、趣味の「シーカヤック」の取り持つ縁だった。

伊根は「今のままがいい」というのは行きずりの旅人の感傷に過ぎないのかもしれない。だが、へき地であったからこそ、伝統的な舟屋が残り、道路事情の悪さが、透明な海面を保持しているのに相違ない。だからこそ、伊根に隣接する宮津市との合併問題があると聞いた。天下の名勝「天橋立」を有する宮津との合併に記者は反対だ。合併の結果、由緒ある多くの地名が抹消され、伝統文化も土地の持つ無形の文化も消滅するからだ。



最近、茨城に住む親友の山崎美穂さん(33)から、利根川のほとりにある実家の「アグリ山崎」で作ったコメでサケを造ろうという話が持ち上がった。父祖伝来の土地を守る山崎さんは、海外研修での出来事や米販売のマーケティング戦略、就農の経緯などに関する講演で引っ張りだこの農業後継者。二人の出会いは東京農業大学だ。コメ作りの女性と、サケ造りの女性の世にもまれなるコラボレーションが始まった。

「美穂の家の米は、欠け米が少なくっていい酒ができそうです」。「でもアイツ、酒が飲めないので、飲めるようになって来い」と言ったそうだ。新酒の銘柄を美穂と久仁子から一字ずつ取って、「穂久穂久」としようかと思ったが、同じ銘柄があるらしいので思案中だ。「間違いなく旨い酒ができますよ」と言い切る久仁子さん。「いいにょぼ二人」が造ったこの酒、早くも全国チェーンの居酒屋グループから蔵買いで引き合いがあるらしいから、ウーマンパワー恐るべしだ。

「わたしは伊根が日本で一番ええ場所」だと自慢する久仁子さん。愛する伊根の人口は昭和30年代の7700人から、現在の2600人にまで激減した。日本酒醸造はわが国古来の伝統技術だ。年間200もの蔵がなくなり、杜氏は最高時の5分の1にまで減った現在、蔵の後継者として伝統技術の伝播者として、その果たす役割は大きく重い。

レンタカーで京都へ帰る記者を見送る久仁子さんとお母さんは、のぞきこむように腰をかがめてバイバイしてくれた。人懐っこい親子ではある。先日取材を受けたテレビ番組「ちちんぷいぷい」では、やはり年頃の娘を気遣う質問があった。「恋するヒマはなかった。1週間も蔵にこもりっきりの労働者。相手をしたくってもできないのが現実です」と答えるしかなかった。年の離れた実弟は現在東京農業大学で勉強中なのだ。実家に戻ってもすぐには杜氏にはなれないことは自分で立証済み。「しばらくは伝統蔵を守るのは自分」とけなげな心意気を内に秘めているのだろう。



伊根から茨城の自宅まで半日をかけて帰宅した。途上、京都錦小路に立ち寄って、ハモ皮、ハモチク、ウナギの肝を買い求めた。三品そろったところで「ええにょぼ」で一杯飲んだ。ホックリ焼いた大きなウナギの肝が、キリリと冷やした「ええにょぼ」によくあった。至福の時の提供者、向井久仁子さんの住む伊根の方角から、わが家の食卓に夕日が差し込んだ。酔眼もうろうとしながら、「久仁子さんには、もう少しがんばってもらわねば」と記者は考えた。【了】

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向井酒造(「赤ちゃびん」と名づけた酒かす利用のようかんやマフィンもあり)

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