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PJ: 今藤 泰資

【よこ顔】舟屋の里・伊根の美人杜氏向井久仁子さんは、ただ今寒仕込みの真っ最中(上)
2009年03月16日 17:17 JST


今は寒仕込みの真っ最中。10年かかってようやく世間に認められた杜氏の地位。今日も明るく元気に地域を活性化させている。向井久仁子さん。「恋するヒマはありません」とか(撮影:今藤泰資) 

「ええにょぼ」「京の春」「伊根満開」などという多彩な清酒を醸造する古い酒蔵が京都にある。創業宝暦4年(1754年)の向井酒造(向井義昶社長)には、若い女性杜氏がいると評判を呼んでいる。杜氏(とじ)は、日本酒醸造行う職人集団のことで、いわば酒蔵の最高責任者だ。

昨今の焼酎ブームにあおられて醸造技術の後継者は激減し、杜氏の平均年齢は70歳になった上、海辺の酒蔵には意外性もある。代表的な銘柄「ええにょぼ」は、丹後地方の方言で美人を指し、NHKで1993年4月から半年間放送された連続テレビ小説で、一躍寒村を大舞台にあげた番組の主題名。「ええにょぼ」の造った酒を求め、伊根に足を伸ばしてみた。

京都府与謝郡伊根町。行政区分上こそ「町」とはいえ、京都最北端の丹後半島を深くえぐる伊根湾に、舟屋と伝説に彩られた小さな集落が伊根町であった。この町を有名にしてきたのが、将棋の駒を並べたように建ち並ぶ230軒の舟屋群だ。国の「重要伝統的建造物群保存地区」の舟屋は実に壮観である。湾に沿った家並みは、山側に平入り、海側に妻入りとなっている。平入りとは、建物の平側(棟に対して直角方向)に出入口を設け、妻入りとは、建物の妻側に出入口を設ける形式。海側が標準的な出入り口だった時代が、江戸以前から連綿と続いているのだ。

町の人口はわずかに2636人、世帯数979(09年3月1日現在)。高齢化率は05年度に40%を超えている、まごうことなき過疎のまちである。切り立った崖下を狭い道路がくねくねと折れ曲がり、2年前設置された信号機は「町で2番目」。路線バスは誘導車が先行しなければならないなど、不自由この上もない。歴史上の必然性は、どこへ行くのも舟を用いることを強い、現代で言えば「車庫付き住宅」が舟屋群として残ったことになる。現在も伊根町消防団の主力は、消防船「おあしま」であることが、このまちの地理的条件を端的に物語っている。

田畑のほとんどない伊根は、古くから海だけに頼り漁業一本で生きてきた。その歴史は厳しい自然との戦いであり、宮津藩による過酷な年貢や中間搾取への労苦や、漁場をめぐる争いがあった。地元の人が「お間内(おまうち)」と呼ぶ直径1キロの伊根湾内では、クジラ、イルカ、カツオ、フグ、マグロなどが獲れ続けてきた。また外洋漁業は「お間外(おまそと)」とされ、伊根のまき網船団は北海道にまで出掛け、京都府一の漁獲量を誇った時期もあったという。

伊根最大の漁業であった「クジラ漁」は、灯油に用いる鯨油が主目的であった。だが、厳しい取り立てを行う宮津藩の役人の目を逃れるため「隠しクジラ」の風習(捕獲頭数を減らして申告する)さえあったという。苦労して得られたわずかばかりの利益は、主食のコメに交換せねばならなかった。久仁子さんは蔵の歴史を「当時、村の名主でもあったのでしょうか。配分中に落ちたクズ米を酒に転用したのが、酒蔵の始まりのようです」と解説する。

東京農業大学醸造学科を卒業後、伊根に戻った久仁子さんに、父義昶さんは、早々に杜氏の座を譲った。大学で専攻した醸造学は微生物の応用についての総合科学である。伝統的な醸造技術の再検討や継承から、バイオ、醸造・食品の製造実習、官能評価演習をはじめ、各種生物工業、さらには環境浄化に関して十分学んできたつもりでいた。ところが、蔵に入ってサケ造りを始めてみたものの、職人衆からは冷ややかな目で見られ、何の手伝いもされない日が続いた。学問以上に経験を尊ぶのが杜氏であり、蔵の経営とは一線を画す伝統だから、大学卒だけの若い久仁子さんが、悩んで当然だったのかも知れない。

蔵に入って間もなくの00年秋、「全国豊かな海づくり大会」に臨席された、天皇皇后両陛下から赤米酒の「伊根満開」をお買い上げいただいた。02年7月、南部杜氏の夏季酒造特科研修会と試験に合格した。南部杜氏は、わが国最大の杜氏集団だ。汗と涙に明け暮れるある日、知人の紹介で有名な丹波杜氏の田村豊和さん(72)にお会いできた。「あのなぁ、一本の幹は、枝がないと育たへんで」と教えられ、また「舟に船頭は二人いらんのや」とも言われた。自分だけの力で「なんでも先導してやれば、みなが付いてきてくれるはず」という思い込みに目覚めた瞬間だった。気が付けば蔵に戻って10年の歳月が流れていた。「それでも10年ぽっちの経験では、この世界で恥ずかしい」という久仁子さん。

まちの人からは「クニコちゃん、ようがんばっとるわ」と言われ、次女さと子さん(27)と同級生の娘を持つ旅館の番頭さん、「おやっさん、配達先で時々会うけど、まるで丁稚(でっち)はんみたいにしてはる」と言われるまでになった。向井義昶さんは前町長、名杜氏として蔵を支えてきた人物。久仁子さんの実力が認められた証左でもある。メディアの露出度が高まって「ウレシイです」と素直に喜べるのも、日本酒ファンが増えてくれるという期待を感じるからだ。【つづく】

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