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PJ: 今藤 泰資

河津サクラにクジャクが舞う、意外性の多い寺・雨引観音寺
2009年03月02日 15:33 JST


雪を破って咲いた雨引観音の河津ザクラ。背景は 天平年間(730)聖武天皇の后、光明皇后の造建したものを嚆矢とする多宝塔(撮影:今藤泰資) 

茨城県・筑波山の北方に雨引(あまびき)という奇妙な名の山がある。標高409メートルのこの山、筑波山塊の北端に位置し、山腹に絢爛(けんらん)豪華な観音寺がある。近隣の人は「あまびきさん」と呼んで、安産子育ての祈願などによく訪れる。雨引山楽法寺の由緒は、用明天皇2年(587年)、梁の国人・法輪独守居士によって開かれた。厄除延命安産子育の霊験あらたかな寺だ。山並みのつづくさまは、京都の東山に思え、深い木立の中に屹立(きつりつ)する観音寺は清水寺のようでもある。

 国指定重要文化財の「延命観世音菩薩」を本尊とし、坂東観音霊場第24番の名刹(めいさつ)。「あまびき」の名の由来は、弘仁12年(821年)の夏、国中大旱魃が見舞ったおり、時の嵯峨天皇は多くの雨乞い写経を当寺に納め、ひたすら降雨を祈った。その結果大雨によって五穀豊穣となり、勅命によって山号を雨引山と定め、勅額をたまわったとされている。

 福島県南部から栃木県境から茨城県西部にいたる八溝山地(やみぞさんち)の一角にあり、関東平野でも寒さの厳しい一帯である。ところが、数日前の残雪の中、河津サクラが境内に咲きそろい、参拝客らを驚かせた。そればかりではない。静寂の山中をけたたましい声が響き渡る。クジャクである。数羽の見事なクジャクは放し飼いにされ、夕方には鳥舎に収容されるが、なんとも奇怪な光景だ。
 
 4月には二大鬼祭とされるマダラ鬼神祭が開かれる。文明4年(1472年)春3月、雨引観音寺が炎上の際、摩多羅神が突然に現れ、鬼を指揮して「七日七夜にして荘厳な観音堂を建立した」との伝説がある。寛永18年(1641年)当時の住職尊海が、老中松平伊豆守信綱の弟であった縁で、幕府から許された。350年の伝統を有する北関東随一の大祭である。

 また、武蔵坊弁慶の書、光明皇后と嵯峨天皇の宸筆(しんぴつ:天皇の直筆)などのほか、元禄2年(1682年)9月、鹿島を経てここに詣でた松尾芭蕉染筆の軸「雨引の/名もことわりの/時雨かな」などの寺宝がある。意外性の多いこの寺、最近人出が多くなったのは川田聖定貫主の手腕だともっぱらの評判。以前は奈良長谷寺の当主であり、寺で茨城県知事の講演会を演出し、自らも出版物や講演会を多くこなす聖定貫主。神社仏閣の栄枯盛衰は、時の当主によって定まる。企業の繁栄衰微も同じなのかも知れない……。春風吹く境内を歩きながら、一人そんなことを考えていた。【了】

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