PJ: 今藤 泰資
JCO臨界事故から10年、「原子力災害と障がい者」をテーマに出版した女性
2009年02月15日 05:02 JST

有賀絵理さんは28歳。重度の難病を抱える障がい者とはいえ、元気一杯の女性だ(撮影:今藤泰資) 
数日前、思いがけないメールが舞い込んだ。「ご無沙汰いたしております。茨城大学地域総合研究所の有賀です。過日はお世話になりました。実はこの度、帯刀先生などと『原子力と地域社会 東海村JCO臨界事故からの再生・10年目の証言』という本を出版しました。この時世、本の売り上げなども心配ですが、中身はとても充実しております。私は電動車椅子の障がい当事者、なおかつ研究者という立場から、災害時要援護者の避難について自分の経験を踏まえて述べました。もしよろしければ、取材をお願いいたします」。
有賀絵理さんは28歳。重度の難病を抱える障がい者である。わたしと同じ研究所に在籍しているが、さほど親しくはない。昨秋、ベンチャービジネスを支援する茨城県の外郭団体で、彼女が推進しようしていた「海浜バリアフリー施設の事業化」のお手伝いをしたことがあっただけだ。その計画は資金面での難題が多く、頓挫(とんざ)したよう見えたが、新たなテーマに挑戦したと知って驚いた。
今年は茨城県東海村の「JCO臨界事故」から10年目の節目。1999年9月30日、核燃料サイクル開発機構の高速増殖実験炉「常陽」向けの燃料工程中、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生。20時間持続した連鎖反応により、致死量の中性子線を浴びた作業員3人中、2人が死亡した。事故の余波は同年10月12日、水戸市内で開催が予定されていたソプラノ歌手バーバラ・ボニーの水戸リサイタルが中止され、国際的にも波紋を投げかけた。茨城県内では、農産物への風評被害があったとして、近隣の農家がJCOに損害賠償を請求したりした。当時、「安全神話の崩壊」とメディアが伝え続けた大事故は、原発関連初の刑事事件にまで発展していった。
茨城大学地域総合研究所(渋谷敦司所長)では、事故直後から地域再生の取り組みを検証し、「原子力と地域社会」をテーマにした公開講座「原子力と地域社会」を東海村との協働事業として取り組んできた。同研究所の客員研究員である有賀さんは、「障がい者の視座から原子力事故とのかかわり」を自身の体験を交え、次のように説明した。
「10年前のあの日、わたしの自宅は事故現場から半径10キロ圏内にあった。当時のルールでは屋内退避で済んだが、屋外退避の場合、介助してくれる母とわたしの二人では逃げようがなかった。電動車椅子の利便性は高く、移動の自由をえてはいるが、玄関から自動車まで移動して移乗した後、指定避難先の日立市立久慈小学校まで移動するのは容易ではなかった。近隣の方々はみな親切だが、手順どおり避難場所に移動できても、緊急時にわたしたち母子を助けて下さる人がいるかどうか不安だし、第一、高齢者が多くて、ご自身のことだけで精一杯だったでしょう」と一気に話す。
問題はそればかりではなかった。緊急避難所の小学校はバリアフリーではない。周辺の学区を調査したところ、避難生活に耐えられる施設ではないことに気づいた。もちろん、災害時に援護を期待するのは、身体障がい者ばかりではない。移動が不自由な高齢者や妊婦、幼児を抱えた母親、言葉の通じない外国人などの移動困難者(移動弱者)への配慮は到底満足するものではなかった。国土交通省主催の避難訓練の参加者は、健常者か元気な高齢者ばかり。避難訓練が最も徹底されなければならないはずの「移動困難者が不在のままの訓練で、主催者は満足している」と指摘する。
共著者である茨城大学人文学部の帯刀治教授(63・地域社会論)は、「車椅子の体験を教訓として残したいとの思い入れは彼女にしかできないこと」とし、「有賀さんが参加することによって、優れたテキストに仕上がった」と功績を評価する。「この出版物を、『原発反対運動の指針』とか『対温暖化の切り札』といった狭い発想で読むのではなく、地域社会を構築する上で、企業も行政も住民も一体化して協力体制の構築こそが望ましい」と語った。
偶然にも取材当日、経済産業省は、昨年の商業用原発55基の設備利用率(稼働率)が58%と低率にとどまると発表した。新潟県中越沖地震で停止した柏崎刈羽原発の再稼働が遅れる中、1979年度の54.6%以来、29年ぶりの低率だという。その結果、火力発電で電力供給を補うため、08年度には燃料費など約6000億円の追加コストが発生し、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量も年間約3000万トン増えると試算した。米国や韓国の稼働率は90%前後で、他国と比べて日本の設備利用率の低さが際立っていると毎日新聞は伝えた。安心安全が担保されない原子力発電の存在はありえない。東海村の事故を再検証するには、タイムリーな出版となったようだ。
有賀さんの長所はその明るさにある。重度の障がい(有賀さんは「障害」とは表現しない)を抱える身でありながら、こうした深刻な事態にも「わたしたち、ホント困っちゃうんですよ」笑い飛ばす元気さがある。「電動車椅子での経験を生かしたい」という有賀絵理さん。活発な一連のアクションや調査などが、茨城大学工学部准教授熊沢紀之さん(52・生物理化学)の目にとまり、04年2月から茨城大学の非常勤講師となった。各地の社会福祉協議会や自治体、経営者団体などからの講演依頼も増えた。有賀さんは、「わたしは弱者じゃないから、この言葉はキライなんです」というが、社会的弱者を平均とするインフラ整備と心構えが、今の日本社会には求められているように思われた。
取材中、絵理さんのかたわらで母敏子さん(58)が控えておられた。つつましいいそのご様子は、昨秋も感激させられたものだ。一方、取材した3階建ての茨城大学地域総合研究所にはエレベーターがない。有賀さんを迎えるにあたって、同研究所では出入りのしやすい1階の一室をバリアフリーに改造し、使いやすくした。予算の縮小する中での改造には、関係者の暖かさが伝わってくる。社会の仕組みは、形として見えるものと見えないがある。そう思ったこの取材、(健常者である)記者にとっては、元気と有り難さを頂いたひと時でもあった。
『原子力と地域社会 東海村JCO臨界事故からの再生・10年目の証言』
帯刀治・熊沢紀之・有賀絵理 編著(文眞堂出版)
茨城大学地域総合研究所(有賀絵里) E-mail:ariga@mx.ibaraki.ac.jp
〒310-8512 茨城県水戸市文京2-1-1 TEL:029-228-8191 FAX:029-228-8192
公開講座「原子力と地域社会」
2月11日から21日まで、4回にわけて臨界事故検証などを含む公開講座が開かれている。
参加は無料、希望者は東海村政策推進課(TEL:029-282-1711)まで申し込む。
・11日「JCO臨界事故時の対応とその後のまちづくり」村上達也(東海村・村長)
・14日「原子力発電は地球温暖化の切り札か」(大嶋和雄元茨城大学教授)
・15日「リスクコミニュケーション」土屋智子(電力中央研究所上席研究員)
・21日「避難経路のコンピューターシュミレーション」桑原祐央(茨城大講師)
【了】
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