SakuraFinancialNews

PJ: 今藤 泰資

師走のソウル(1)幻の名画で知る、日韓歴史認識の差
2008年12月22日 14:47 JST


韓国中央博物舘所蔵の小磯良平の作品「日本髪の娘」(1935年)は、縦166・7センチ、横136・3センチ。日韓国交史上注目される巨大な絵画である。(撮影:今藤泰資) 

師走のソウルへ出掛けた。いつもと違うところは思い立ってから4日目の夜にはインチョン空港に降り立っていたことだ。数日間予定が空(あ)いたからである。それなりに多忙な昨今、予定の変更はありがたい。とはいえ、旅行代理店には韓国に出掛ける若い女性がつめかけており、「今大人気なので、来週早々ではかなり厳しい」という窓口の話だったが、30分ほど調整の末、3泊4日エアー(アシアナ:1万3400円)ホテル(2万7900円)その他(サーチャージ、成田出国税、インチョン入国税など)合計5万円少々で決めることにした。なんせ一人旅、ホテルが割高(韓国のホテルは室料制)、さらにエアーの選択(深夜着、早朝発)なのが不自由ではある。ホテル代をさらに安く仕上げる方法もあるが、今回は時間の関係でできなかったのが残念だ。

 気ぜわしい旅に出た最大の理由は、李氏朝鮮と日本を結ぶ一枚の絵「日本髪の娘」(1935年、小磯良平)をこの目で見たかったからである。今年11月中旬、わが国の報道各紙は、「大韓帝国時代の皇太子、李垠(イ・ウン)のコレクションの一部を、韓国中央博物舘で展示する」との発表を一斉に伝えた。1933年ー45年の間に日本で収集された「李王朝コレクション」は、韓国政府によって接収され、韓国国立中央博物館に多数収蔵されていたのである。朝鮮戦争(韓国戦争)でも難をのがれた貴重な収蔵品だったが、反日感情に考慮して未公開だったというのだ。

 ソウルへ出る直前、韓国中央博物舘のホームページを何度調べても、不思議なことに「李恨コレクション」の表示も、ましてや李恨夫人・李方子(イ・バンジャ)の名前もない。あるのは「日本近代西洋画展」が開催されていることだけだった。旧皇族・梨本宮守正王の第一皇女であった方子(まさこ)は、「内鮮一体」(日本と朝鮮の一体化)を目指す日本帝国主義に翻弄された悲劇の王妃なのである。「幻のコレクション」という刺激的な新聞報道に触発されたわたしには、韓国中央博物館から提供されたという「日本髪の娘」のカット写真が、政略結婚を迫られ懊悩(おうのう)する梨本方子の姿と重なって見えた。

 インチョン到着翌日の朝、ソウル中心部にある韓国中央博物館を訪れた。昭和20年(1945)、日本敗戦によってようやく国家の形態を維持することになったこの国では、歴史事物の維持管理には実に熱心だ。全国各道(日本での都道府県)ごとに配置されている建造物や博物館は見るべきものが多く、入場料は安価。65歳以上の高齢者はほとんどが無料である。地下鉄を降りて中央博物館に向かう道すがら、各所に貼られているポスターには小さく「日本髪の娘」のカットが配置されていたが、館内のどこに展示されているかの案内まではない。

 壮大な建屋3階には中国やベトナムなどの展示室があり、ようやくその並びに「日本近代西洋画展」のスペースを見つけた。期待の「日本髪の娘」は、縦166・7センチ、横136・3センチ、想像以上の大作だ。妻方子を思いやる夫李恨の心情が感じられるようでもあった。他の展示物には、平塚運一の版画「百済旧都」、田辺至の「少女」、小山敬三の「熊野灘の遠望」、和田三造の「風景」などの作品のほか、33点の油彩、2点のデッサンやパステル画などの計40点である。しかし、どこを見渡しても李王朝に関係する文言も解説もない。そこでようやくわたしは気づいた。日本帝国主義時代の遺物として扱うことは即ち「日帝の侵略」を容認するものであり、大韓帝国最後の李朝皇太子が、12年間も(日帝時代の日本で)美術品を収集していたことを認めたくないのだと思いいたったのである。

 韓国のラストエンペラー李恨、方子夫妻は、日韓政治情勢のはざまに翻弄されてはいたが、その仲むつまじさと戦後の活躍ぶりは日韓両国の誇りと見ていいだろう。夫李恨亡き後、韓国に帰化した方子は、肢体不自由児らの援護活動に取り組み、知的障害児施設「明暉園」と知的障害養護学校「慈恵学校」を設立。昭和56年(1981)韓国政府から「牡丹勲章」を、また没後の昭和64年(1989)には、韓国国民勲章槿賞を追贈(Wikipedia)されたという。「槿」とは韓国の国花「むくげ」のことだ。国章にも意匠化され、韓国では最高の栄誉を意味する花なのである。

 わたしはこの日、三度も「日本髪の娘」を見直した。最後に見ている時、館内案内の女性ボランティアが近づき、「日本の人デスカ」とたどたどしく問うた。続けて「この絵、日本では有名デスカ」という。韓国語を話せないわたしは真意を伝えるのに悩んだが、「有名です、日韓双方の宝ですね」と返し、彼女は満足そうに笑みを返した。同じ3階にある韓国固有の展示物の中には、博物館所蔵の国宝「半跏思惟像(はんかしゆいぞう)」があり、驚いたことにこの菩薩は金銅仏であった。我が国の「半跏思惟像」は木彫で、楠材を一部利用していることから、日本国内での制作とされている。似て非なる日韓の歴史から、わたしたちの学ぶべきことは、まだまだ多いのだ。

 だがこの日の翌日、陰惨な閔妃(ミンビ)暗殺にまつわる日韓秘話を聞くことになるとは、思いもよらなかった。ことの詳細は「師走のソウル(3)伝え聞いた閔妃一族の日本思慕」にゆずりたい。【つづく】

■関連情報
PJニュース.net



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者