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PJ: 今藤 泰資

「紅葉」が眺めた紅葉、秋真っ盛りの塩原温泉
2008年11月15日 07:42 JST


この日最大の紅葉は、塩原もの語り館前のつり橋付近。風景画を描く人、デジカメを取り出す人、ただ歩く人…(撮影:今藤泰資) 

「湯(ゆ)るりとしませんか、塩原温泉で」というホームページに誘われて、秋真っ盛りの塩原温泉郷に出掛けた。自宅からはクルマで2時間少々、行きつけた道だが今回はカーナビが思いがけない威力を発揮。いつもと違った道を走り、違った光景を楽しんだ。

 塩原温泉郷は活火山・高原山山麓の箒川沿いを中心とした「塩原十一湯」の総称で、大同元年(806)年開湯というから、ちょうど1200年の歴史がある。泉質は弱塩泉や炭酸水素塩泉、硫黄泉などのほか、渓流に面した露天風呂や山中にあるにごり湯など多彩。よく比較されるという鬼怒川温泉より、小ぶりの旅館やホテルが多いことが特徴で、古い建物を磨いて使っているように見える。

 明治17年(1884)、塩原街道の開通を契機に、夏目漱石、谷崎潤一郎、斉藤茂吉、尾崎紅葉などの文人墨客らが多数来訪。尾崎の名作「金色夜叉」は、療養のために訪れた当地での執筆とされている。題名の「金色」は、塩原の紅葉であったのか。はたまた「紅葉」というペンネームの由来は何かと、往古をしのばせる鮮やかな紅葉である。尾崎の弟子田山花袋は、大正7年(1918)、シベリア出兵や米騒動で全国騒然とする時代に当地を訪れ、「温泉めぐり」を著した。この著書の中で、塩原十一湯を「塩原温泉郷」として全国に紹介。その後各地で「温泉郷」という表現が用いられるようになったとか。

 この日、遅いと思った紅葉は折からの好天に恵まれ、塩原名物の「トテ馬車」にこそ乗れなかったが、周囲の雰囲気は大正ロマンの世界。ネットで選んだ宿は中塩原温泉、やや町外れの1軒屋。湯も食事もなかなか。露天風呂から見上げた夜空は満天の星。栃木和牛のステーキ200gと岩魚のムニエル、ビー1杯と2杯のグラスワイン、もちろん朝食コミコミの2人合計2万3000円なり。気分上々の1泊2日を過ごした。

 遠周りながら、帰路は日光と塩原を結ぶ「日塩もみじライン」28キロを利用。45ヶ所ものカーブの連続だが、モミジやカエデ、ブナ、シラカバ、カラマツ、ナナカマドが迎えてくれた。電車の便に恵まれた鬼怒川温泉竜王峡では、中高年ハイカーが行きかう。名物オヤジが焼く栃木肉やアユの串刺しが飛ぶように売れ、キノコ汁で暖をとる人も見られた。塩温泉郷一帯の紅葉は、ここ数日で見納め。都内からは直行バスも便利だ。【了】

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PJ 記者