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PJ: 今藤 泰資

最近の中国(東北部)事情=(4)マーチョの走る街
2008年11月03日 08:30 JST


迫力ある恐竜の化石が、「中国では昔から、漢方薬として重宝されてきた」と聞いてまた驚いた。「机以外の四つ足は皆食べる」という中国人。恐竜の骨までしゃぶっていたのか?!(撮影:今藤泰資) 

(3)からのつづき。旅の語源は他火(たひ)だと聞いた。わたしなりに解釈すれば、異質の輝きを見、思いがけない経験を積む…、言葉を換えれば、旅とは自分発見だと思ってきた。古来、日本と中国とは、人種的にも、地理上でも、共有する文化においても、卑近な関係にある。だからと言って、必ずしも、この国が好きだということにはならない。何より尊大な「中華思想」が、わたしは嫌いなのである。中国こそ世界の中心であり、漢民族の文化や思想が最も価値のあるものであると自負する考え方(大辞泉)は納得しがたい。

 その上、一人っ子政策の悪影響なのか、彼らには自己中心的で非礼な人間が多いというのが、ここ数年間中国人留学生と接してきたわたしの率直な感想だ。わたしに限らず、人間とは身勝手な存在である。想像もつかない反論や意向に面したとき、相手を封じ込め反撃する体勢を取りたくなるものだが、そうした場合、わたしは心して相手を尊重する立場に自分を転換させてきた。中国という、さほど好きでもない国へ旅する気持ちの根源はそこにある。

 親の代からハワイに縁の深かったわが家では、親類縁者の多いこともあって、年に数度は訪問し、快適な時間を過ごしてきた。家内はさほどでもなさそうだが、わたしはここ数年、当地へは行く気になれない。そんなに面白くないのである。何時行っても季節感はなく、ゴルフ三昧(ざんまい)にも飽きた。狭いハワイ諸島のほとんどは行きつくした。ダイヤモンドヘッドを眺めながら、ワイキキビーチで寝そべるだけでは飽きて当然だ。贅沢な話だが、わたしにとってのハワイは、あまりにも日常的すぎるのである。

 その昔、「♪わたしャ十六満州娘」という歌い出しで始まる「満州娘」という流行歌があり、2番の歌詞に「ドラや太鼓に送られながら、花のマーチョにゆられてる」という一節があった。わたしには、「マーチョ」が馬車のことだとの認識はあったが、もう何十年も死語になっていた。この旅では、とりわけ瀋陽市の内外でマーチョを何度も見かけ、交通機関の一部として、立派な社会的存在であった。馬車と言っても引くのはロバである。

 老後のロバを食用にするという華北地方の習慣はいただけないが、「慣れれば従順で道を覚える」というロバを見る都度、わたしはなぜか嬉(うれ)しくなった。子どものころ、兵庫県西宮の国道を行き来する馬車の後方に、馬方の目を盗んでちゃっかり座り込むことが流行ったからだ。簡単な話、ハワイのカラカウワ通りに、野菜を積んだマーチョが走れば、ハワイに行きたくなるかも知れないと思ったりする。それほどマーチョは非日常的存在であった。 

 大連自然博物館に行った。5年前に続いての訪問だ。1907年建造の博物館は風光明媚な星海公園の南西に位置する。館自体がなかなかの見物、帝政ロシアの面影を残す瀟洒な建築物だ。1998年、ロシア街から移築されたこの博物館は、中国でも有数の規模を誇り、収納標本数は10万強とされる。ロシア時代は大連市役所だった建物で、日本占領当時は満蒙資源館と変わり、中国成立後には東北資源館となったという。海洋生物や地質鉱産物、古生物、動植物などの標本が展示されている。訪問者は一様に、巨大なアフリカ象や、シロクマの剥製(はくせい)、クジラの骨格見本に圧倒されている。

 15元を支払って入館するとき、建物2階正面に「大連自然博物館・郭沫若」の大か看板を見つけた。郭沫若は日本に学び、日本に亡命し、日本人の妻を持ち、日中戦争勃発後は、中国共産党に身を投じ、全人代副委員長の要職にも就いた。名だたる文学者でありながら、文化大革命当時には、率先して「批林批孔運動」(林彪と孔子に対する批判運動)を続け、過ぎたる自己保身を指弾する声もあったが、日中友好協会の名誉会長も努めた知日派の中国人である。毀誉褒貶(きよほうへん)あい半ばするとは言いながら、没後ちょうど30年の年に当たることは、帰国後知った。

 この日、博物館創設100周年を記念して、「本日写真は取り放題ですよ、館員から堪能な日本語で案内があった。ミイラも、恐竜頭部の化石も身近で写せたのは幸いだったが、またここで考えさられた。歴史的展示品や絵画など、フラッシュによって保存状態の悪化の恐れがある場合はともかく、わが国のこの種施設での写真撮影は、いささかナーバスになり過ぎではないか。迫力ある恐竜の化石が、「中国では昔から、漢方薬として重宝されてきた」と聞いてまた驚いた。「机以外の四つ足は皆食べる」という中国人。恐竜の骨までしゃぶっていたのか。

 新疆ウイグル地区の阿克蘇(アクスー)地域で偶然発見されたというミイラは、250年前の原型をほぼとどめている。身長160センチ、40歳前後の男性で、突然死ではないかと館員の解説。阿克蘇は標高1100m、発見場所が砂漠地帯だったため、行き倒れたこの男性は、砂に埋もれてミイラ化したという。衣服と身の回り品は別に陳列されている。背丈の短い男であったが当時の標準とのこと。でも40歳なら家族や子どももいたろう。家族はさぞ、つらい人生であったろうな。ミイラの男性となんの関係もないが、なぜか千葉に住む同年齢の長男一家をわたしは思い出した。【つづく】

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