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PJ: 今藤 泰資

最近の中国(東北部)事情=(3)「公衆」という概念
2008年11月02日 07:59 JST


路にあふれんばかりの人々は、朝出勤のバス待ち風景だ。道路は広い。拡幅用の土地の収用など、この国では極めて容易である。バスも電車も多くは外国資本を導入して製造されているから、世界レベルに達している。ところが、驚いたことには、警察国家であるはずのこの国では、交通指導に本腰を入れている形跡がない。(大連市内で撮影:今藤泰資) 

(2)からのつづき。子どものころ、母親から「よその家へ行ったら、ご不浄をよく見るのだよ」と言われて育った。生きるだけでも精一杯の終戦前後、トイレまで気にする暇もなかったはずだが、他人を知るにはやはり「床の間」よりトイレと教えたかったのだ。長じて結婚相手を紹介したときには、また「あちらのご不浄は、きれいだろうね」とつぶやいた。日本人が清潔好きになったのは、生活にゆとりのできた70年代前後からだろうか。昨今でこそ、ウォッシュトイレが平均化し、異臭の漂う便所を日本国内で見つけるのは大変だ。

 そんなわたしだったから、海外旅行ではその国のトイレ事情をつぶさに観察してきた。今回の旅では、空港、駅、ホテル、食堂、土産店、公厠(公衆便所)など「用を足しながら」観察して歩いた。5年前の当地より、中央政府が力を入れたインフラ整備によって、旅順、大連、瀋陽それぞれ各地各様に衛生状態は格段に向上していた。といっても、日本との差は大きい。とうに忘れていたトイレの異臭は懐かしささえあったが、もちろん快適というわけではない。韓国でも同様だが、トイレットペーパーは「まずない」と思ったほうが安心だし、手を拭くのは、汚れた手ぬぐいだと思うべきだ。公衆衛生という概念が、欠けているように思えてならない。

 もちろん、中央政府が公衆衛生について拱手傍観(こうしゅぼうかん)しているわけではない。中国専門のポータルサイト「チャイナ・サーチ」(10/21)によれば、『改革開放してからの30年間、中国人の平均寿命はおよそ5歳延び、新生児の死亡率は56%下がり、妊産婦の死亡率は60%下がった。エイズや結核、B型肝炎など重大な伝染病への予防に力を入れ、2003年には、世界最大の公衆衛生情報ネットワーク報告システムを設立。重大な伝染病を予防、抑制する能力を高めた。 2007年時点の中国には、医療衛生機関が31万5000カ所あり、都市部と農村部をカバーする衛生サービスシステムが設立されて、全国の医療衛生事業に従事する職員は1978年より84%増えた』ということになる。北京五輪大会を機軸にした中国の社会基盤整備は、公衆衛生の面でも、「以前に比して」という前提が付くことが特徴だ。

 日本人には、わが国の衛生観念は世界一流だと思い込んでいる節がある。なるほど街頭でツバをはいたり、立小便の悪しき習慣こそ薄れたが、ポイ捨てタバコや、道端にゴミを捨てる不心得者はかえって増えてるように思える。ここで肝心なことは、周辺環境が整備されているから、不法行為が目立つことである。インフラ整備は時間とカネをかければ、なるようにはなるが、公衆道徳というものは、家庭や教育現場、あるいは培われた慣習のなかでしか育ってゆかない。現代の中国には、そのギャップがあらゆるところで見いだせるのだ。

 いくつかの事例を写真で示したい。道路にあふれんばかりの人々は、朝出勤のバス待ち風景だ。道路は広い。拡幅用の土地の収用など、この国では極めて容易である。バスも電車も多くは外国資本を導入して製造されているから、世界レベルに達している。ところが、驚いたことには、警察国家であるはずのこの国では、交通指導に本腰を入れている形跡がない。韓国ソウルの中心街では、デモやストが多いせいかあふれかえる警察官がいたし、交通指導にも熱心であった。ハワイでは、追突されたわたしのクルマに、間もなく2台のパトカーと、1台の白バイが駆けつけ、その仰々しさに驚いた。どの国のシステムが優れているかの比較ではない。

 社会基盤整備に追いつく公衆道徳が未発達というのが中国なのである。2カット目の写真は、観光バスの車中から写したしたものだ。簡体漢字で「公厠(公衆便所)」とあるが、わたしは二度と利用したくはない。駅や列車のトイレでさえ、汚物がこびりついているし、ハエが飛んでいる。もちろんトイレットペーパーのあろうはずもない。大連駅前の高級ホテル1階のトイレには厳重に施錠されていて、利用はできない。理由は不明だが、今年2月1日からそうしたと書いてあった。想像するに、駅舎のトイレを利用したがらない乗降客がホテルに駆け込むケースが多かったのだろう。

 3カット目は、大連ー瀋陽間の高速列車の車中だ。コンパートメント風にしつらえた「軟座」(Ruan Zuo:ルァンツォ、1等車のこと)は、なかなか快適であったが、通路が狭く、出入りにはやや不自由である。この国では数日間も走り続ける長距離列車が多いから、混雑する車内ではトイレに行くにも大変だ。中国ではトランプが大流行だから、若者たちのグループが車中でゲームに興じている時、通行はかなり困難になる。声をかけて通行しようと思っても、なかなか通路を明けようとはしない。マナーができてないのである。

 足の悪い老人が、片側4車線の道路をよろけながら横断していた。「バンバン」と表現したくなるほど、乗用車もトラックもバスも速度を緩めない。時々立ち止まりながら数分かかって横断を果たした老人の歴史には、こんな広い道路はなかったはずだ。横断歩道の整備までは手が届かなかった上、交通マナーが未整備だから、この老人はこれからも苦労するだろう。それなりのレストランのトイレでは、昨今流行中の電動式自転車が置いてあった。経営者か店員の通勤用なのであろうが、盗難防止にトイレを利用する感覚が理解できない。

 さはさりとて、北京五輪大会を通じて、マナーの悪さを指摘されてきた中国人を、わたしたち日本人は笑うことはできないだろう。食の安心安全は、日本人の特性ではない。日本国内での大手食品製造業の不始末を、中国人は嘲笑(ちょうしょう)しているかも知れない。帰国後の10月31日付けの「レコード・チャイナ」紙によれば、『国家品質監督検験検疫総局(質検総局)の発表によると、日本から中国へ輸入された醤油とわさびから、トルエンと酢酸エチルが検出された』と伝えている。真偽のほどは確かではない。ただ、他を批判するばかりではなく、異国の公衆衛生や公衆道徳は「他山の石」。中国詩経小雅篇の「它山之石 可以攻玉」とは、他人の言行も自分の知徳を磨く助けとなることのたとえなのだから。【つづく】

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