PJ: 穂高 健一
渥美清もびっくり?寅さんが柴又に戻ってきた
2005年12月21日 07:45 JST

寅さん役の中学生が葛飾柴又に帰ってきた。妹のさくらはどこだ? (撮影:穂高健一) 
葛飾柴又の帝釈天の参道にある、神明会のアーチが約40年ぶりに建て替えられた。神明会とは参道の両サイドにならぶ、50店舗余りで結成された商店会の名称である。シンボルのひとつが『帝釈天参道』と書かれたアーチだった。
初代アーチは昭和初期の製作で木製だった。昭和三十年代になると鉄製になった。やがて老朽化とともに、門前町の火災に備え、消防車が通れる高さにする必要があった。1969(昭和44)年から映画『男はつらいよ』の新作が一本封切られるたびに、70万人が柴又に押しかけてきた。参道の人出の多さから、アーチの取り替え工事がむずかしく先延びになっていた。
1996(平成)7年、48作目の映画公開を最後に、寅さんブームが静かに去っていった。新たな町おこしや、街並み保存の一貫として、2年前にアーチの建て替えが決まった。デザインは心機一転して斬新なものを、という意見が数々出てきた。しかしながら、三代目の神明会アーチもおなじデザインの踏襲となった。
神明会の石川宏太会長に、その理由を聞いた。検討を重ねるうち『男はつらいよ』で全国に知れ渡り、柴又帝釈天の参道のシンボルを変えない、という意見が大勢を占めてきた。もうひとつは柴又のよき伝統を残す精神が根底にあったという。
「柴又神明会のよき伝統とは、すべて店頭の商品が自家製であることです。参拝してくるお客さんの目の前で鰻をさばく、飴を切る、団子を手で切る。外から持ち込む商品はありません。試食をたっぷり食べてもらうのが、柴又神明会の伝統です」。
神明会アーチの提灯だけは、建築基準法から内灯が許可にならなかった。ライトアップに変更したことが唯一の違いだと補足する。工期は1カ月、総工費は720万円である。12月20日午後3時から、アーチ完成の式典がおこなわれた。帝釈天の山主による安全祈願、記念撮影、そして来賓の青木勇葛飾区長、小用葛飾区議会議長、平沢勝栄衆議院議員などの挨拶があった。
「葛飾柴又は全国有数の観光地でもあり、日本人の心のふるさとです。昔からの人情を大切にして、全国からくる人に、東京下町の情緒を味わってもらってください」。それぞれの挨拶は柴又の誇りと伝統を強調する内容だった。
この式典を特に盛り上げたのが、アトラクションとして行われた常盤中学校吹奏楽部(葛飾区)の一年生部員4人による『男はつらいよ』の名場面の寸劇だった。この吹奏楽部は今年8月におこなわれた東京都中学校吹奏楽コンクールで金賞を受賞している。付き添う渡辺校長の説明では、連続金賞の吹奏楽の名門校である。
役としては、チューバを吹く松田宣也くんが寅さん役に抜擢されていた。「妹のさくら」が吉田真優さん、「おいちゃん」が大須賀雅俊くん、「おばちゃん」が川越梨圭さんという1年生4人である。3年生が書いたシナリオをもとに2日間、演技の特訓をおこなってきたという。しかし、映画『男はつらいよ』を見ていない世代である。インターネットやビデオで研究し、下町情緒や寅さん家族の雰囲気をつかみ、本番に臨んでいた。
名門吹奏楽部による「寅さんのテーマソング」をバックに、4人は葛飾柴又に舞い戻ってきた寅さんと、その一家を演じた。映画と違い、本ものの帝釈天の山主が参列している。代議士や地元名士が勢ぞろいしている。それらを感じさせない中学生の名演技には、来賓や住民たちは拍手喝采だった。
柴又帝釈天参道でおこなわれた、松田くんの寅さん役は、亡き渥美清さん以来だろう。【了】

