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PJ: 穂高 健一

夜祭りの後はツリー通りを!=埼玉・秩父
2005年12月15日 18:23 JST


子どもの夢をテーマとしたツリー、夜祭りの後の秩父の新名所に? (撮影:西原 健次) 

秩父夜祭りが12月2日と3日の2日間、豪華絢爛に行われた。翌4日からは、「今年はもう終わったね」「秩父は終わったね」というのが住民の挨拶である。残るはひたすら雪を待つだけである。ところが、一昨年あたりから状況がやや変わってきた。新しくできた県道沿いに、子ども向けクリスマスツリーがひと目を引きはじめているのだ。ツリーによる新名所づくりに取り込む倉林利明さんから、話しが聞けた。

 歯科大を卒業した倉林さんは、静岡県の老人ホーム内の歯科医院で勤めていた。平成九年には出身地の秩父市上影森に帰り、開業した。開業資金との兼ね合いで、倉林歯科クリニックは駅から車で5分、国道から奥まった、淋しい野原のなかだった。

 冬の夜はさびしく森閑としている。盆地の満天にかがやく星空。それだけでは2人のわが子(現在は5人)が可哀そう。せめて夜祭りのあとからクリスマスの間は、子どもの目を楽しませたいと、開業の翌年からツリーを飾りはじめた。

 3年ほど経つと、治療をうける子どもが秋口あたりから「ことしは、どんな動物さんなの?」ときいてくるようになった。わが子以外も、ツリーを楽しみにしているようだ。クリニックには親子連れの患者が多い。となると、気合いが入ってきた。

 子どもが楽しめる可愛い人形や動物を多くする。倉林さんは子どもの夢をテーマとした。そして毎年、12月1日を立ち上がり日と決めた。初日の飾り付けから納得できるまで、一週間ほど修正を積み重ねていく。これで完成だ。そう判断すると、倉林さんの頭のなかはもはや来年の飾り付けにむかっているのだ。年々、熱が入ってくるほどに、遠く大滝や皆野の地区からも、親子連れがわざわざ見物にくるようになった。

 秩父盆地の住人が期待してくれている。そう肌で感じた倉林さんは一段と前のめりになり、さらなるバージョンアップを図った。最近は六本木、新宿のツリーにも、研究心で目が向きはじめた。大都会はLEDが中心。コストからみれば経済的だが、冷たい感じがする。盆地の夜はそれでなくとも氷点下で寒い。昔ながらの電球は3年と寿命が短いし、ずいぶん割高になる。だが、倉林さんは電球を多用し、子どもらに人間味と暖かみとが与えられるように努めている。

 いまから2年前。倉林クリニックの目の前に、新しい県道が開通した。12月に入ると、行き交う車が停まり、見入っている。おとなも愉しんでいるのだ。

「夜祭りのあとの単調な秩父に、子ども向けクリスマス通りを作ろう!」

 栗林さんは新道沿いの住民や企業に呼びかけた。近くの大手電子メーカーなどが賛同してくれて、敷地内の巨木に大きな飾りをしてくれた。いまは拡大への勢いがつきはじめたところである。倉林さんがかつて無欲でスタートしたクリスマスツリーである。やがて秩父の新名所として、観光パンフレットに載る日はそう遠くないだろう。【了】



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PJ 記者