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PJ: 穂高 健一

人間のいのちとは何か、生きるとは? 写真展「アフリカ」で=東京(下)
2009年11月16日 07:15 JST


「アンゴラ解放人民運動(MPLA)を支援するデモ集会で」(アンゴラ、ルアンダ、1975年)Photographs by Sebastião SALGADO / Amazonas images.Organized by Lélia Wanick Salgado, the Exhibition Curator. セバスチャン・サルガド アフリカ展★10月24日―12月13日。(写真提供:東京都写真美術館) 

【PJニュース 2009年11月16日】(中)からのつづき。東京都写真美術館で開催されている、セバスチャン・カルガドの『アフリカ』では、自然の脅威、美しい自然の写真も展示されている。

「ファギビンス湖には、かつてニジェール川から水が流れ込んでいた。1973年の大干ばつ後、自然の運河は次第に砂に覆われ、西アフリカ最大の湖は砂漠に変わった」(マリ、1985年)と題する写真からは、ここが青い湖だったと想像もおよばない。まさしく砂漠で、数隻の小舟が砂塵を被っている。湖畔に住む人たちは漁業も、耕作もできず、食料も得られず、難民となって去っていったのだろう。

「飢饉を引き起こしたサヘルの干ばつ。熱気と風から顔を守りながら、女性と子供が砂塵の中を歩いていく」(マリ、1985年)を見ていると、たどり着いても、安住の地が得られるのだろうか、と案じてしまう。

「マルサビットの町外れで水を汲む人々」(ケニア、1986年)は、井戸の底には2人の女性が桶や大きなヤカンで汲み取り、複数の女性がロープで引き上げている光景だ。機械はなく、すべて人力だけに、生活共同体、という人間の心の結びつきが感じ取れる。

「ベナコ・キャンプ近くの湖から水を運ぶルワンダ難民」(タンザニア、1994年)はもっと大規模で、数百人がリレーで水運びをしている。皆で手を取り合う、運命共同体として生きている人々だ。そこには人間の真のつながりがある。ほっとさせられた写真だ。

「ワド・シェリファイ・キャンプの難民家族」(スーザン、1985年)では、母親が、ふくよかな一歳児くらいと、乳幼児とを抱えている。そばには四歳くらいの子どもが立つ。母親の笑顔がとても美しい。

「ディンカ族のアマク放牧キャンプの夕暮れ・牛の群れが戻ってくるこの時間が、一日の中で最も活気がある」(南部スーダン、2006年)は、長い角の牛が数十頭、実際はもっと多いだろう。家畜が砂塵を巻き上げている。ここからはアフリカの豊かさの一面が感じられる。

「ムハブラ火山の斜面、海抜4000メートルに生息する高山植物」(ウガンダ、ヴィルンガ国立公園、2004年)は、富士山よりも高い山岳地帯だ。日本では観察できない、数多くの種類の植物が群生する。

「ヴィルンガ国立公園ピソケ火山のクレーター湖、手前の植物はジャイアント・セネシオ」(ルワンダとコンゴ共和国の国境地帯、2004年)は、美観の火山湖で、大自然の宝庫、それがアフリカだ。
活火山の高速で流れる溶岩にはすさまじさがある。砂丘の写真は幻想的な環状や放射線状の模様で美しい。

ヤマシマウマ14頭が横並びで群れて水を飲む。水面にはその縞模様がずらり写っている。模様が美的で、芸術性の高いものだ。
マウンテン・ゴリラは見るからに愛嬌がある。同展の動植物の生態は楽しめるものだ。

セバスチャン・カルガドがとらえた「アフリカ」の写真一枚、一枚は極限で生きる人々を如実にみせてくれる。日本人として、そこから何を感じ、何を学びとるか。同展に足を運んで、あらためて「人間とはなにか」と考えてみたいものだ。【了】

■関連情報
東京都写真美術館

記者HP:穂高健一ワールド

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