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PJ: 穂高 健一

人間のいのちとは何か、生きるとは? 写真展「アフリカ」で=東京(中)
2009年11月14日 08:01 JST


セバスチャン・カルガドは世界のフォトジャーナリズムをリードしてきた人物。「アフリカ」展を前にして、記者の質問に応える。(撮影:滝アヤ、10月23日、東京) 

【PJニュース 2009年11月14日】(上)からのつづき。セバスチャン・カルガドの『アフリカ』に取り上げられた人々は、内乱による大量殺戮(さつりく)、干ばつによる飢餓、エイズやマラリアという病魔に苦しめている。自分ひとり、家族の力だけでは解決できないものだ。海外からの物資援助に頼るだけでは将来が見えてこない。生きていくことの大切さと難しさとが、同展では如実に見せつけられる。

「ニャルブイェ村の学校で、一年前に殺されたツチ族の遺体」(ルワンダ、1995年)と題する写真は、実に悲惨な光景だ。戦場は教室に及び、白骨化した遺体がびっしりならぶ。これが地球上に起きている現実の姿のひとつ。写真を観ているほうも苦痛だ。

日本のメディアは大量虐殺の遺体写真を掲載しない。なぜか。大半は読者が気味悪いと嫌がる、という理由からだろう。それでは地球上のおなじ人間の姿を報じる、報道の正確さの放棄ではないか、と考えてしまう。悲惨な現場でも、日本人にもっと伝える必要があるのではないか。そうすれば、日本人の目はもっとアフリカに向かうだろう。

「ピオネイロスと呼ばれるアンゴラ解放人民運動(MPLA)の少年兵たち」(アンゴラ、ルアンダ、1975年)の写真では、武器を持った一人の少年を大写しする。10歳前後で、どう見ても小学校低学年だ。一瞥(いちべつ)したときは、おもちゃの小銃かと思った。

実弾が入っていれば、幼くして人間を殺す。小銃に見立てた模造品ならば、頭数そろえで戦場に刈りだされて、人間の盾となって死ぬだけだ。男として生まれたことから、少年は推定10歳にして死の恐怖にさらされるのだ。心の傷は生涯消えることはないだろう。

内乱は大勢の難民を生みだす。生活を奪われて、流浪(るろう)する難民の写真が数多くならぶ。

「ルラ村近くの路上で、キサンガニから追い返されるルワンダ難民。彼らは数日前にルワンダから逃れて来た」(ザイール・現コンゴ民主共和国、1997年)は、荷物を頭上に載せた放浪する難民が、山岳の道で行列をなす。手に持てるものしか運び出せない。たどり着いた国では受け入れてくれない。どこに逃げたらよいのか。それら集団には深い哀れみをおぼえる。

「ドゥエンザ・キャンプで双子の赤ん坊に乳を飲ませる難民」(マリ、1985年)の写真は哀れだ。骨と皮ふだけの乳幼児ふたりが、母親の乳首を吸う。乳房すらシワだらけで垂れ下がり、授乳ができているとは思えない。幼子のいのちはどうなるのか。

「カッサラ近くのワド・シェリファイ・キャンプに到着した、瀕死の息子を抱いたエリトリア難民」(スーダン、1985年)でも、同様の哀れみがある。食料も与えられず、餓死寸前の子どもを両手で抱く、父親の顔がクローズアップされている。わが子を助けられない、口惜(くや)しさが顔ににじみ出ている。

全裸の幼子の手を引いて、砂漠を横断する母親の写真があった。気温は40度以上だろう。母親の心を思うと、おなじ人間として胸が痛む。

これでもかこれでもか、と弱者の悲惨な姿が並ぶ。ここから豊かな日本人は何を感じ取り、どんな行動を起こせばよいのだろうか。【つづく】

■関連情報
東京都写真美術館

記者HP:穂高健一ワールド

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