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PJ: 穂高 健一

冷戦時代は東西の人々の顔がちがっていた=北島敬三写真展
2009年09月03日 07:00 JST


冷戦下で、西側と東側の風俗や文化、人々の顔の表情は違っていても、みんな同じ人間」と語る、写真家・北島敬三さん(撮影:滝アヤ、8月25日、東京都写真美術館) 

【PJニュース 2009年9月3日】国際的に活躍する写真家・北島敬三さんの写真展、「北島敬三 コザ/東京/ニューヨーク/東欧/ソ連 1975-1991」が、東京・恵比寿ガーデンプレィス内の東京都写真美術館・2階展示室で開催されている。10月18日まで。

北島さんは1975年に、「DCストリート・沖縄」で高い評価を受けた。それは日本に復帰して間もない、コザ(現在の沖縄市)の顔を撮りつづけた作品である。

1979年からは、「写真特急便-東京都」と題して毎月、新宿で展覧会を開いた。歌舞伎町など酒場の狂騒、街角ですれ違う人、それらスナップで容赦なく撮影する。撮ってはすぐに展示して見せる。それはロール印画紙を壁一面に張り、焼き付けた写真だ。その即興性と巨大さが世を驚かせた。

代表作のひとつが1983年「NEW YORK」(白夜書房)だ。ニューヨークの場末の酒場や、治安の悪いストリートなどが撮影場所である。フラッシュで相手の輪郭を際立たせる。まさに命を張った撮影だ。この作品では第8回木村伊兵衛賞を受賞している。

北島さんは1991年には150日間にわたり、ソ連の15の共和国を取材している。同年に発表された「A.D.1991」には、崩壊寸前のソ連の写真が含まれていなかった。撮影から16年後の2007年に、「U.S.S.R.1991」として発表された。それで第32回伊奈信男賞を受賞した。

これら1975年のゴザを皮切りに東京、ニューヨーク、東欧、さらに崩壊寸前のソ連に至る、1991年までは東西の冷戦下である。西と東を象徴する国々で、そこに生きる人々の文化と風俗をスナップショットで切り取っている。

写真は膨大な数に及ぶ。そのなかから、189点が選び出され、同展で展示されている。

東京写真美術館の福原館長は、「ベルリンの崩壊から約20年がたちます。各国の都市のあり様は一変し、現在では、(冷戦時代の)面影を見ることはできません。北島さんのスナップショットは、現代もなお鮮烈なパワーを放しつづけています。報道とか、芸術とか、というジャンルを飛び越え、写真の身が発するイメージと受け止めたい」と語った。

北島さんは1991年を境に小型カメラから脱し、いまは大型カメラで人物や風景を定点撮影している。「若き日の北島さんが、冷戦下の東西の国々を旅し、都市に生きる人たちをあり様を克明に記録した、貴重な作品群です」と岡部友子さん(同館 学芸員)は話す。

北島敬三さんには、同展の見どころを一言で説明してもらった。「東西冷戦時代の人々の表情を対比して、それを観ていただきたいです。西側と東側とでは風俗や文化、人々の顔の表情は違っていても、みんな同じ人間。生きて行動している。同じ空気を吸っている」と語った。

同展の作品は、モノクロームの濃淡のはっきりした写真が多い。撮影場所は危険なストリート、スラム街、クラブなどが目につく。過激な若者たちを容赦なく撮っている。その撮影の大胆さから、「命知らずな写真家だ」と思ってしまう。それだけに、一枚ごとの作品には迫力がある写真展だ。【了】

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記者HP:穂高健一ワールド
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