SakuraFinancialNews

Updated: Mar 05 08:20    

HOME > (260) > 吉報! 田子の浦(海抜0メートル)か...

PJ: 穂高 健一

吉報! 田子の浦(海抜0メートル)から富士山頂への全ルート地図が完成(3)
2009年08月25日 08:00 JST


まぼろしの遺跡「岩屋不動」と「女人堂跡」が去年と今年にかけて発見された。地図の作成に間に合ったと、畠堀操八さんが語る。【撮影:穂高健一、8月7日、東京) 

【PJニュース 2009年8月25日】(2)からのつづき。「田子の浦から富士山頂まで標高差3776メートルの全ルート」という2万5000分の1の精密な地図を作成した畠堀操八さんが、現地の状況について語ってくれた。「登山道に入っても植林地帯は、もともと林道や作業道が入り乱れています。最近は間伐の影響で、グチャグチャになっています。分かれ道は迷いやすい」と話す。

「標高1000メートル以上(国有林の部分)には、古い時代の踏み跡の圧力がしっかり残っています」

スズタケを刈り払って新道をつくった場合は、3年連続で笹を刈らなければ、笹が次々に生えてきて道が消えてしまう。修験者たちが1000年間も踏んで来た村山古道は、1回笹を刈り取っただけで、もう笹が生えなくなったという。

村山古道の上部は大倒木帯だ。土の中には無数の植物の種がある。陽が射せば、どんどん草が茂る。「草はいくら刈り取っても駄目です。土を踏み固める以外には、方法がありません。幸いなことに、いまでは毎年数百人もの登山者が村山古道に入っています。皆さんがしっかり踏み固めてくれるので、草の生えない踏み跡ができたのです」と話す。

去年と今年にかけて、「岩屋不動跡」と「女人堂跡」が発見された。村山では、まぼろしの遺跡として「岩屋不動」が語り継がれてきた。昭和10(1940)年ごろまでは、大峰修行に類似した、荒行がおこなわれてきたという。江戸時代の古い地図には明記されていた。ところが、村山の最長老も岩屋不動にいったことがない。

畠堀さんは、「岩屋不動」探しをはじめた。「岩屋不動、という言葉からさがしました。岩屋とは『岩の穴』という意味です。富士山で、岩の穴は『沢』にしかない。沢筋を探せばよい」と推量したという。

村山古道の1キロ東には、深く切れ込んだ不動沢がある。村山の人たちと沢を登っていった。直径1メートルの煙突状の滝があったり、富士山の沢にしてはめずらしくコケが発達していたり、ともかくツルツルに滑って登れない。強引に高巻きでのぼっていく。首を上げると、そこには巨大な洞窟(どうくつ)があったという。「そのときは、やったでした。村山は沸き立ちました」と興奮を語る。

岩屋不動は修験者が荒行する場所だ。一般の登山者は沢登りなどできない。簡単に行く手だてはないだろうか。「私の記憶のなかに、岩屋不動の近くには伐採した丸太を木橇(きぞり)で下ろす、古い木馬道(きうまみち)がありました。幅が1間(1.8メートル)、傾斜角度が5度くらいで、しっかりした道でした」。それを使えば、簡単にアプローチできることがわかった。今回の地図には間に合ったという。【つづき】

■関連情報
記者HP:穂高健一ワールド

PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。

PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。

問い合わせ情報欄:

畠堀操八著・地図『富士山・村山古道を歩く』
連絡場所:〒252-0813 藤沢市亀井野4-12-44
メール:37en-no-gyojya76@jcom.home.ne.jp



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者