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PJ: 穂高 健一

夏の風物詩・入谷朝顔まつり。一番人気は「団十郎」か=東京
2009年07月08日 08:13 JST


夏の風物詩の「入谷朝顔まつり」。法被を着た売り子がいずこも大声で売り込む。(撮影:滝アヤ、東京、7月7日) 

【PJニュース 2009年7月8日】東京・台東区で、夏の伝統行事のひとつ「入谷朝顔まつり」が開催された。7月6、7、8日の3日間。入谷鬼子母神の境内と言問通りには120店がならぶ。毎年、約40万人が夏の風物詩の入谷朝顔まつりにやってくる。

「土日曜に重なる年は、すごいですよ。今年はすべて平日ですが、それでも人出は多いです」。最寄り駅の、東京メトロ・入谷駅の駅員は、乗客の流れを導きながら語る。同駅から約1分で、朝顔まつりのヨシズ張りの店がつづく。歩行者は一方通行で、大勢の警察官が交通整理をする。肩と肩がふれ合うほどの賑(にぎ)わいだ。言問通りは夕方5時からは歩行者天国になる。

「朝顔は朝に咲くもの。常連は早朝からやってくるよ」。朝一番の電車が動く4時から、店が開く。日中も、夕涼みを兼ねた夕暮れも、真夜中も賑わう。閉店は深夜11時頃まで。24時間売っている店もある。価格の中心は2000円、3000円台が中心だ。
「朝顔の団十郎は茶色の花で、華やかさがないけれど、入谷の人気だよ」。法被(はつぴ)を着た売り子が勧めている。

団十郎のルーツは江戸時代にさかのぼる、と教えてくれた。幕末に、大輪の朝顔に突然変異があった。当時の人気歌舞伎役者だった、市川団十郎の着ていた茶色の衣装に似ていたことから、『団十郎』と名づけられた。いまでは、入谷の朝顔市といえば、団十郎を買い求める人が多いと語る。

入谷朝顔実行委員会の長恒男会長から、一連の話を聞くことができた。江戸時代、入谷には植木屋が30軒ほどあった。他方で、御徒町の武家屋敷で、朝顔の栽培が盛んにおこなわれていた。明治時代に入ると、朝顔は武家だけのものでなくなった。入谷の植木屋が朝顔の栽培をはじめ、木戸銭を取って見せるほど盛況になった。ところが、大正時代には衰退し、植木職人が入谷から消え、他の地域に移ってしまったという。

第二次大戦後、入谷の街の復興で、地元有志が「朝顔市」を復活させた。それが東京の夏の風物詩となり、今年で61年目を迎えたという。長恒男会長には「入谷朝顔まつり」の昨今の違いについて聞いてみた。「従前に比べて、浴衣姿の人が少なくなったね。それは時代の流れかな」と話す。

朝顔市の店は120店、露天商80店がひしめく。もはや飽和状態。歌手などのイベントの申し出があるけれど、場所がないから、いずれも受け入れられないという。「変化が付けられないから、昔のままの朝顔市。それが支持されている面がある」と語る。同委員会として、「寄付の個人、会社名入りの約300個の提灯は毎年、新しく書き換えている。(新品で、古い提灯は使わない)。それは自慢できる」と語った。

ヨシズ張りのでは、法被を着た売り子がいずこも大声で売り込む。覗(のぞ)き込む客には、水のやり方、肥料のやり方などを語りながら、朝顔の鉢を勧める。「朝顔の花は咲きたくても、葉っぱが邪魔して、思うように咲けない。葉っぱを摘んであげなさい」と、そのやり方も教えている。売り手と買い手の呼吸が合うと売買が成立する。

目立ったのは、宅配で地方に贈る人がことのほか多かった。宅急便業者は箱詰めして、全国一律800円で請け負う。関係者のひとりに話を聞くと、送り先は、北海道から九州までと幅が広い、親元、親戚、友人に贈っているようだという。

『エコ朝顔』を前面に出す店があった。植木鉢は土に返るエコ小鉢です。行灯(あんどん)の天然の竹は使用しています。こうした特徴を打ち出す店には、客の足が止まっていた。【了】

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記者HP:穂高健一ワールド
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問い合わせ情報欄:

入谷朝顔実行委員会(入谷鬼子母神内)
03-3841-1800



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