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PJ: 渡辺 直子

【市民裁判員の豆知識】「名誉毀損事件」判決文から見る法律解釈
2009年02月09日 10:30 JST


裁判官は10項目の証拠資料を提示した。この証拠資料は検察が記者の自宅まで取りに来た記者の独自調査資料の一部である(05年7月、撮影:新納直子) 

今年5月、日本の司法、裁判制度が大きく変わる。殺人事件や殺傷事件など凶悪犯罪の刑事裁判に市民が参加し、裁判官とともに審理するという裁判員制度が導入されるのだ。

これに先駆け、すでに、裁判員通知が届いた市民もいるだろう。刑事裁判の審理をするためには、刑法と刑事訴訟法の知識が必要だ。記者が体験した刑事事件及び記者が取材した刑事事件を通じて、具体的な事例を示し、刑法の解説をしたい。今回は、「名誉毀損事件」の判決文から見る法律解釈を解説する。

「名誉毀損事件」出版社社長の主張は、真実性の証明による免責
2005年7月、兵庫県西宮市の出版社「鹿砦社」の松岡利康社長が、名誉毀損の容疑で神戸地検特別刑事部に逮捕された。逮捕容疑は二つあった。一つは、同社発行の本の中に、パチスロ機製造会社の経営手法などを批判したり、自社のホームページでパチスロ機製造会社役員の私生活や前科などに触れ、役員らの名誉を棄損した容疑(アルゼ案件)。もう一つは、1998年、阪神タイガーススカウトであった渡辺省三がビルから転落死した問題をめぐり、同球団の職員らが転落死に直接関与したかのような内容の記述がある遺族の手記を実名入りで本に載せ、球団職員らの名誉を毀損した疑いであった(阪神案件)。

渡辺省三の転落死問題に関する容疑は、記者がその手記の著者であったため、記者も松岡社長と共に共犯者として起訴された。記者は容疑を認め、松岡社長は無罪を主張し、争う姿勢を示した。

松岡社長の主張は、「渡辺省三の転落死事案については、刑法230条第2項『公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実として、公益の利害に関する事実』とみなされるはずだ。わたしを逮捕するよりか、捜査機関が殺人事案を調べる方が先決だ。だから、逮捕・起訴は不当。検察は言論の自由を侵害している」というものだった。

公判の結果、裁判官は、渡辺省三の転落死問題に関する出版物などの掲載について、公訴を提起されるに至っていない人の犯罪行為としたうえ、公共性ある事案であることを認定した。だが、内容の真実性について証明が足らないという理由で、2人に有罪判決を言い渡した。

2つの事件を併合して起訴
2005年8月1日、神戸地検特別刑事部は記者と松岡社長を起訴した。地検は、2つの事件を併合して起訴したが、記者にとって、アルゼの事件は全く関係ない事件だった。起訴状に記載されている罪条は、2つの事件とも、刑法第230条第1項であった。

共犯者の公判分離
共犯者の主張が違うので、公判は分離しておこなわれた。そのため、判決も別々に下された。記者の判決(06年3月3日)では、渡辺省三の転落死事案についての裁判官の見解などが述べられていなかった。

一方、松岡社長の判決(06年7月4日)では、渡辺省三の転落死事案について、松岡社長が主張した刑法230条第2項に該当する事案かどうか、検討された。さらに、記者が取り調べの際に任意で提出した証拠資料の検討も行われたことが示され、証拠上明らかの事実を次のように列挙した。

証拠上、明らかな事実
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

1、被告人は、昭和49年に大学を卒業した後、昭和63年2月、鹿砦社の代表取締役の職に就き、以降、その職にある。

2、平成10年8月31日、株式会社阪神タイガース嘱託スカウトの職にあった渡辺省三(以下「省三」という。)が、神戸市中央区京町所在のビルから転落して死亡し、兵庫県警察による捜査の結果、自殺として処理された。しかし、省三の長女である渡辺直子(以下「直子」という。)は、その結論に疑問を抱き、省三は何者かに殺害されたのではないかと考え、自らタイガース関係者や前記ビルの管理人に対する聞き込み等を行うようになった。

3、平成11年7月9日、直子は、神戸地方検察庁に、被疑者を氏名不詳者とする殺人被疑事件として、省三の転落死について告発したが、同検察庁は捜査の結果、同年12月24日、嫌疑なしとして不起訴処分とした。直子は、この不起訴処分を不服とし、平成12年3月末ころ、神戸検察審査会に審査請求を行ったところ、同審査会は平成13年3月9日、不起訴不当の議決をした。

4、一方、タイガース関係者等に対する聞き込みやビラ配布による目撃者探しなどの情報収集を続けていた直子は、次第にタイガースのスカウトマンであったA及びBが深く関与して省三を殺害したと思い込むようになっていった。

5、平成13年4月21日ころ、直子は、フリージャーナリストのCと知り合い、さらに、同年7月20日ころ、Cを通じて被告人と知り合った。被告人は、直子の話を聞いて、省三の転落死に関する書籍を発行することとし、直子は、同年8月ころから11月ころにかけて、A及びBの実名を表記した原稿を作成した。被告人は、Cに対して直子の原稿の手直しを依頼したが、その際、「極力原稿を生かして欲しい。固有名詞については一切変更しないように」と指示した。Cは、直子の原稿に適宜加除訂正を加え、三度にわたって直子と原稿をやりとりしながら原稿を作成させた。

6、平成14年3月22日、神戸地方検察庁は、前記検察審査会の不起訴不当の結果を受けて、再捜査を行っていた省三の転落死について、再度不起訴処分とした。

7、同年4月10日、直子が執筆した前記原稿が、鹿砦社から「タイガースの闇」として発売された。この書籍には、A及びBの実名を挙げたうえ、両名が省三を殺害したかのような内容が記載されていた。

8、同年7月8日、直子は、省三の転落死の処理や前記告発に係る殺人被疑事件の捜査が不十分であるなどとして、国及び兵庫県を被告として国家賠償請求訴訟を提起した。

9、そのころ、被告人は、直子に対し、「スキャンダル大戦争2」に前記国家賠償のレポートを掲載することを提案し、直子はこれを了承した。

10、被告人は、同年8月20日ころ以降、直子が作成した前記国家賠償請求訴訟の経緯や、独自の調査の結果などを内容とする原稿を「スキャンダル大戦争2」から「スキャンダル大戦争7」に順次掲載して、これらの書籍を発行し、このうち、同2、3及び5に掲載した記事において、名誉毀損行為を行った。

10項目の証拠資料は、検察が記者から押収した資料
裁判官は、10項目の証拠資料を提示した。この証拠資料は、検察が、記者の自宅まで取りに来た記者の独自調査資料の一部である。

「真実性の証明による免責」に対する裁判官の考え方
出版社社長の主張は、真実性の証明による免責だった。これに対して、裁判官は、

1、本件摘示事案は、A及びBが省三を殺害したという事案

2、Aについて、A本人の供述と食い違う部分があり、また、客観的な証拠が存在しない点も多く、必ずしもその真偽が明らかでない点もあるが、全体としては、省三の転落死は自殺ではないと疑わせる事情という程度において、一応、理解しうるものである。

3、直子の事実調査の内容が最大の根拠となっているところ、その内容からいえるのは、省三の転落死が自殺でない可能性があるということにとどまり、A及びBが殺害したことをうかがわせるような根拠は乏しく、通常の一般人がこれらの事実のみから、A及びBが省三を殺害したと信じるのは考え難い。

裁判官は、1、2、3、を示した上、「本件は、公共の利害に関する事実とみなされ、被告人が専ら公益を図る目的から摘示したことが認められるが、当該事実が真実であるとの証明はされておらず、刑法230条の2の要件を満たさない。また、被告人が当該事実を真実と信じたことについて、相当な理由があるとも認められないから、被告人は、名誉毀損罪の故意を有していたものと認められ、同罪が成立する」と結論づけた。

「真実性の証明による免責」に対する共犯者(記者)の考え方
(供述調書(05年7月14日付け)より抜粋)

「私は、AとBが、父を殺した犯人であるかのような記事を雑誌に載せたり、インターネットのホームページに掲載した際、確実な証拠はなく、AとBが私の父を殺した犯人だと断定できないことは、わかっていました。わたしは、そのうえで、AとBがわたしの父を殺した犯人であるかのような内容を公表したのであって、AとBの名誉を毀損したことは間違いないことです。わたしは、AとBがわたしの父を殺した犯人であるかのような内容を公表すれば、Aらが、わたしを名誉毀損で訴えて民事訴訟となり、そうすれば、その過程で、父の死の真実がわかるのではないかと思いました。それに、Aらがわたしを告訴すれば、捜査が行われ、その過程で父の死の真実がわかるのではないかと思いました」

冒頭陳述(05年10月17日)
「実行犯であるとの確証を得ていない段階で、3年7カ月もの間、父の死の真相を知りたいという犯罪被害者遺族としての気持ちから、Aらの名誉を毀損したことについては、本当に、申し訳なく感じています。今、この場で、陳謝いたします。ゆえに、わたしは、速やかに名誉毀損の罪を認めますとともに、裁判官の認定される公正な処罰を受けるつもりでおります。」

「名誉毀損事件」は、国家権力の言論弾圧?
「真実の証明ができていないので、名誉毀損罪に該当すると思う」というのが、記者の考え方だ。同じ事案で、主張が違う出版社社長は、いまだに逮捕・起訴は、検察の言論弾圧だと主張している。
出版社社長は、「名誉毀損事件」を、出版界に打撃を与える大事件かのように、世論を扇動している向きもある。果たして、名誉毀損事件は、検察による言論弾圧だろうか。今一度、冷静に名誉毀損事件を振り返ってみる必要があるのではなかろうか。

ちなみに、もうひとつの起訴事実であった「アルゼ案件」について、裁判官は、公益性、公共性を認めず、事実の真否は判断するまでもないとし、刑法230条の2の要件を満たさないから、名誉毀損罪が成立すると結論づけた。【了】

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