PJ: 長戸 稔
末期ガンと宣告されて・・・。ぶざけるな! 死んでたまるか!
2010年09月16日 12:36 JST
断酒会のマークです。(撮影:長戸稔) 
【PJニュース 2010年9月16日】今年の7月末に、日赤病院にて「今すぐ入院して下さい。癌(がん)が転移しています。緊急手術が必要です」と医師から強く言われた。私は即座に断り、しぶる医師の差し出す誓約書にサインをし、入院を拒否した。そして今も元気に毎日飛び回っている。
最近よく言われることは、「すごく元気ですね。どうしてそんなに元気なんですか?」である。自分でも不思議なくらい、顔色も良く、食欲も旺盛で、ほとんど毎日なんらかの取材に出掛けたり、知人、友人と会ったりして、忙しい日々を過ごしている。もし入院していたら、手術をされ、検査、薬漬けにされる毎日で、気力も体力も衰え、ただ死ぬのを待つばかりであることは明らかである。
昨年末に倒れた時には、癌が内臓各所に広がり、手術不能であるとして、余命2ケ月であると宣告された。しかし、しばらくしたら奇跡的に癌が消え回復した。その理由ははっきりしている。自分にはまだ残された大きな使命があることを確信したこと、そしてあの世の存在を信じるようになったことだ。
その使命とは、日本の改革である。当初は、自分もかつてそうであったアル中で苦しんでいる人を助け、また癌をはじめとする病気で苦しんでいる人たちのために希望を与えたいという思いが強く、それが自分の使命だと思っていた。しかし今はそれを超えて、国難に陥っているこの日本を何とかよくしたい、という強烈な思いが私の頭の中から離れないのだ。かつて、政治の中枢である永田町で政治記者をしていた時の魂が蘇(よみがえ)ってきたのかもしれない。
今の日本の政治状況はあまりにもひど過ぎる。左翼的マスコミとそれに迎合する政治家に操縦された愚民政治に陥っている。明確な国家ビジョンも理想もなく、まるで、動物園の動物に餌を与えることが政治となっているようなものだ。そこにあるのは、肥大化する欲望をいかに満たすかという思いと、それを国に依存する心である。
政治も悪いが、国民の意識も非常に唯物的、自己中心的になっている。その根本にあるのは、戦後の唯物論教育、自虐史観にあるのではないかと思う。戦後のアメリカの政策によって、宗教が政治と教育から完全に切り離され、人々の道徳心が著しく薄れ、その結果、教育・政治が非常に乱れてしまったのではないか。
神仏を敬う正しい信仰心なき人間は、単なる動物と変わらない。そして、そうした国民が増えた国家は必ず衰退していく。唯物論国家であった社会主義国家が90年代を境にことごとく崩壊していったのは、その何よりの証拠である。
今の私の夢は、地元の伊勢志摩地方の活性化である。日本全体を変えることはできないので、この地を理想の地域にして、全国へ理想モデルとして発信したいのである。
私の住む三重県南部には、伊勢志摩国立公園という、日本有数の観光スポットが存在する。長引く不況で、訪れる人も減少気味であるが、その中で伊勢神宮には、近年の“パワー・スポット“ ブームもあって、参拝者が増えている。それは、この世ならざるものへの憧憬の表れであり、信仰心の発露の一端ではなかろうか。どんなに否定しようとも人間には信仰心が備わっている。
古今東西、人間は常に宗教と共にあった。現代日本においては、唯物論、無神論が幅を利かせ、本来の信仰心に目覚めていない人が非常に多い。そうした信仰心を呼び覚まし、神仏の尊さを感じ、感謝し、生きていることの素晴らしさを実感していただくことこそ、本来の宗教の役割ではないか。そういう意味では、伊勢神宮は最適の場所である。
江戸時代に大ブームとなった「おかげ参り(お伊勢参り)」では、ピーク時には当時の人口の13%前後の参拝者がいたと言う。交通の便の極めて悪い時代に、これだけの人々が訪れたということは驚異である。貧しい庶民にとっては、一生に一度の大旅行であり、「お伊勢講」などの仕組みで村の代表者を送ったりするほど、伊勢参拝は一生に一度の大きな夢でもあったと言う。伊勢にて最新の知識や技術、流行などを知り、見聞する旅でもあった。その結果、当時の最新のファッションや農具、音楽や芸能などが、各地に伝わった。まさに伊勢は、当時の最新情報の発信地でもあったのだ。それほど伊勢の地が、かつて全国に大きな影響を与えていたことに対して誇りを感じると共に、もう一度そうした役割を果たせる地にしたいと思うのである。
「観光」とは、光を観るということである。光、それはすなわち、聖なるもの、明るさ、希望、生命エネルギー、有用さなどを表す。「観」とは、「真理を観じること、道理を悟る」という意味である。つまり、「観光」とは、単に目で見るのではなく、聖なるものを心で観て、真理を観じ、生きていることの意味や、神仏、人間の尊さを悟るということでもある。
その理念をしっかりと体現した、素晴らしい聖域づくりこそ、伊勢志摩国立公園に課せられた役割ではないかと思うのである。全国のみなさまに、信仰心を深める機会と、様々な情報の発信、さらには、素晴らしい自然に触れてリフレッシュしていただける地域の実現に向けて、その礎を築きたいと願っている。
7月の検査来以来、病院には行っていないので、まだ癌細胞が体中に転移しているかもしれない。しかし、私には不安はまったくない。あの世を信じるようになって以来、死に対する恐怖心は無くなった。そして、その恐怖心は、やるべき使命を果たさずに死んでしまうことへの恐怖心へと変わった。だから、私は毎日、この夢に向かって走り回っている。この夢を果たさない限り、絶対にまだ死ぬことはできないと心の奥底から思っている。こうして元気でいられるのは、まさにそのおかげである。 【了】
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