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PJ: 長戸 稔

みじめな「アル中」-悪運は未だにつきていなかった(独居房の不安と恐怖)―=三重伊勢
2009年12月30日 08:32 JST


三重断酒新生会の表示ポスターです。戸を叩いて見てください。さらば開かれん!全国に「断酒会」はありますから。(撮影提供:県立こころの医療センター12月25日) 

みじめな「アル中」-「独居房の鉄格子・二重扉を蹴り上げる毎日」=三重・伊勢(前回)

独居房の不安と恐怖
1984(昭和59)年12月28日暮れの独居房(どっきょぼう)。定期的に来る夜は怖い。特に冬は・・・。誰も話し相手がいない生活。読む本もない。書く紙もボールペンもない。音がない。夜7時ごろは静かでシーンとしている。暗闇がはだか電球の向こうに押し迫ってくる。やたらと考える時間だけが多い。今、思うとこの環境が「断酒」の原点だった。これは後述します。そんな時、鉄格子の中では、どうもがいてもできない事を知る。過去の事が思い出されてきて、普段は努めて思い出さないようにしているような心配事が頭にうかんでくる。

正月は診療が休みと言うので、暮れの28日から県内、県外から患者の家族らが迎えにくる。担当医師による診察があった。5分ぐらいで終わった。独居房はそのままコンクリートで囲まれた暗い地獄。無性(むしょう)に人と話がしたい。やたらと人が恋しい。

低い平屋の独居房に沿ってなぜかテニスコートが一面ある。理由があったが、これも後述します。周囲が鉄柵に囲まれていて、その向こうに一般道路がある。周囲が住宅街で、ど真ん中に精神障害者専門の病院があるのも不思議だ。

津(県庁所在地)駅までのバス停が近くにあるらしく、日曜日になると子供のハシャギ声が聞こえてくる。津の階楽公園に桜花見に親子で遊びに行くらしい。俺も適度に飲んでいたら、あんな生活が送れていたのに・・・と思うとやり切れない後悔が俺を襲う。別れた長男は20歳、二男は18歳(大学受験?)。今ごろどうしているのかナーと思うと情けなくなる。

俺は朝から独居房・暗い室(へや)の片隅で冷たいコンクリートの上に立てひざで震えている。極楽と地獄とはこのような状態の事を言うのかと思うと、酒の所為(せい)で別れた子供たちにすまない気持ちで一杯になる。親として何と言うざまだ。この病院が最後の死に場所かと思うと、長男として生まれてきて、御先祖様に申し訳ない気持ちが胸に込み上げてくる。

悪運がまだ残っていたのか、半年ぶりに転機がやってきた
朝6時に起きて座っていたら、鉄格子の向こうから初めて見る官護長から今日、昼御飯を食ったら2病棟に移ってもらいます・・・と言われた。何の事か分からない。

人間の言葉を久しぶりに聞いた。午後1時に官護人が施錠された分厚い2重扉を開けて迎えに来てくれた。半年お世話になったこの暗室(へや)ともお別れだ。2病棟は確か、木造建築でモルタルだったと思うが、1階が女性、2階が男性で「半開放病棟」なのです(上下で総勢50人位居たと思う)。「アルコール中毒患者と精神障害患者」が同じ部屋で寝起きを共にするという。今、思うと、県も大胆な試みだったと思う。独居房と2病棟は裏の階段でつながっていた。現在は改装されて近代的な建物になっている。

独居房と直結、2階の「半開放病棟」へ移る
2病棟への階段が上れない。フラフラで足が機能しない。半年間、座りぱなしでしたから。やさしく看護人が抱きかかえてくれた。今は「官」ではなく「看」だ。そんなことよりも下界の明るさにビックリした。地獄と天国の差を感じた。抱きかかえられて通されたのが1号室だ。7号室まであって各室4人部屋。

1号室の3人はジロジロと見ている。俺のいでたちは汚いパンツとランニングだけ。後で分かったが、3人とも精神障害の人。クリーニングされた先輩のズボンとシャツを貸与された。ナースセンターで看護長から細かく注意を受ける。強制的に「断酒会」入会にサインした。

次にさせられた事は、汚いのでまずシャワー。洗髪で丸刈りにされ、半年ぶりに人間らしくなってきた。「アル中」患者は自業自得で病気になった。しかし、「精神障害」患者は先天性の本当に「気の毒」な病気です。本人には何の罪もないのです。この「気の毒」の現実を認識する事をこの病院で教えられた。

階下の約300坪の中庭には藤棚(ふじだな)があり、美しく整備されていた。2階から見下ろせる。春なので、みんなで散歩している。真ん中のはじっこに1軒屋があるのが女性「アル中」の病棟であることをあとで知った。当時は3人が入院していた。

独居房では『差別』だが、「半開放病棟」は一応『区別』されているが、平等な環境が整っている。「看護」されていることを自覚できる雰囲気がある。精神障害患者の多くは親族では管理、監督ができない人、世間体を気にしてこのような施設、病院に入れられている人が多い事に気付く。

病院内を自由に散歩できる人は復帰を目指して頑張っている人たちである。名前が「絆」という患者が経営している喫茶店が院内にあるのには驚いた。「半開放2病棟」の広間には卓球もできるし、驚いたことにマージャンもできる。 その他に開放病棟と称する精神障害患者専門の病棟と寄宿している「アル中」病棟がある。常時30人位が入院しているようだ。全体で250人から300人程度で、その1割が「アル中」患者だろう。

「酒・アルコールで困っている人」は全国に多くいる。他の県のアルコール対症療法は知らないが「独居房」「半開放病棟」「開放病棟」の段階がある。ほとんどの人は「開放病棟」からの「断酒」の道を選ぶ事になる。

次回から「断酒」につながるサプライズを紹介します。次回“みじめな「アル中」―ヤクザの大親分の組員にさせられた―”を読んで参考に!!【つづく】

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