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PJ: 長戸 稔

みじめな「アル中」-5年間の体験を通して、今になって語れる流転=三重・伊勢
2009年11月27日 13:51 JST


三重県伊勢市の自宅にて (撮影:長戸要・長女 11月26日) 

私が体験した酒びたりの生活を書いて、アルコール依存症(昔のアルコール中毒症)で苦しんでいる当事者本人、家族の方々がその体験談を読んで、酒でひき起こした修羅場から一日も早く抜け出して、一般生活に復帰できて、一人でも立ち直りの切っ掛けになればこの上ない喜びです。

体験談を洗いざらいぶちまける事で「これほど俺はひどくない」「うちの子は、うちの主人は・・・まだ助かる・・・」と思ってもらえればうれしい。体験談を語る目的はその事だけに絞って書いてみたい。

酒を飲み過ぎてこうなったという、私の病歴を書いてみます。

25年前の44歳の時、?胃の手術(全摘)。すぐに?胃潰瘍静脈瘤(いかいようじょうみゃくりゅう)手術(自衛隊の皆さんの献血で一命を・・・)。半年後、?食道静脈瘤手術(3日間意識無し)。8カ月後に1回目の?硬膜下出血(こうまくかしゅっけつ)手術で意識不明になる。はっきりとした記憶がないが、2回目の?くも膜下手術に見舞われ完全に死の海岸(黄泉の国)に渡る。?肝臓硬変症(肝硬変=肝臓癌は治らない)の宣告を受ける。?すい臓は手の施しようがないと言われてそのまま放置される。執刀病院は三重県津市内の神田病院、松坂中央病院、伊勢日本赤十字病院の病院長だった。担当医師は生きているのが不思議で信じられないと声明して、入院中、患者の間で話題になる。

続いて併発したのが、口、目、耳、右手、右足・・・だった。言語障害ではっきりと物が言えない。左目失眼(段差・遠近が不明で座頭市の気分)。左耳失聴(聞くこと不能)。右手不自由(機能不能)で、完全に麻痺していて、自分の意思通りに機能してくれない。右足不能で身体を支えているだけ・・・の生活になった。

親(両親)、姉妹(女3人)、妻(男子2人)、親戚(親父長男、母長女のため多い)から見放されて一人になる。離婚が成立してこの世で本当にひとりポッチになる。

頭の先から、各内臓器官、足の先まで機能しなくて、病み尽くしても酒が止められない。自分の人生に背かれ、死の淵に立たされているのに、私は酒が飲みたい。当時は自動販売機がないから酒屋の一杯飲み屋でしか酒を売ってない。伊勢の酒販売組合のブラックリストにチェックされていて、酒が飲めなくされた。

仕方なく、へんぴな田舎の酒屋で嘘(うそ)を言って呑(の)ませてもらい、挙げ句の果てに無銭飲食で伊勢警察に突き出されて留置場にぶち込まれる。

45歳の時、伊勢警察署送りで三重県立「高茶屋病院(精神科)」に強制入院となる。約2年間の酒漬けの娑婆(しゃば)生活にお別れして、病院生活を3年間送る事になるが、院内生活は刑務所生活の比でなかった。なぜならば今の様に法律で守られていないから、社会復帰(退院)は担当医師の胸(むね)3寸だった。まして私は警察の保護観察付だったから2年半もの間独房(小3畳)だった。

その後、「断酒」「禁煙」して、来年5月で20年を迎える事になった。平成元年が私の「断酒」元年となった。その生きざまを書く事によって、冒頭にも書きましたが苦しんでいる当事者本人、家族の方々が体験談を読んで酒でひき起こした修羅場から一日も早く抜け出して、一般生活に復帰できて一人でも立ち直りの切っ掛けになればこの上ない喜びです。続編では、院内生活を具体的に書いてみたい。

「三重断酒新生会」の広報を書いておきます。(ぜひ読んでください)

酒が原因で、体調を崩している。 酒が原因で仕事(家事)ができない(仕事を休む事がある)。 酒が原因で、家族との間にヒビが入っている (夫、妻、子供、親)いる人はいませんか? アルコール依存症は酒の飲める人なら誰でもかかりうるごく普通の病気です。

全国で250万人、慢性疾患の中では1位で、すべての病気をひっくるめても風邪に次いで2位という、恥ずかしがるような病気ではありません。思い切って近くの断酒会を見学してみませんか。 あなたと同じ悩みを解決し酒のない楽しいライフスタイルを作った会員たちが、あなたを暖かく迎えてくれます。【つづく】

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