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PJ: 伊藤 昭一

町工場の上階で、元気なNPOスウィングライブが盛況=東京(下)
2010年07月25日 05:28 JST


「ほんとうに楽しいね。世間の不景気風などは吹き飛んでしまうよね」と「ニキータ」演奏のステージ中央で進行役をする(株)金森製作所の金森茂社長(撮影:伊藤昭一、7月17日) 

【PJニュース 2010年7月24日】(株)金森製作所の金森茂社長は、1942年、北海道生まれ。中卒で、少年鑑別所に入れられた不良少年時代があった。1961年 18歳で単身上京、数々の職業を経験後、運送業開業するも倒産。1973年 (株)金森製作所を設立。その後、金型の(株)関東宮城設立、室蘭市に(株)金森テック設立など、不屈の闘志で事業を拡大してきた立志伝中の人物だ。

金森社長はそのユニークな経営手腕で、東京ビッグサイトで開催の「中小企業総合展2008」・「“ものづくり”〜中小企業の成長の条件とは」というパネルディスカッションのパネリストに招かれている。全国の中小企業経営者を前に、少年時代はヤンキー不良少年で、少年鑑別所に入った話をしている。不況に負けない頑張り精神を、中小企業経営者や若い起業家に伝えたかったのであろう。

金森社長が、中学生のころ石原裕次郎の映画「嵐を呼ぶ男」が大ヒットし、ドラマーにあこがれた。それから夢中になったのが、エレキギターの「ベンチャーズ」である。会社経営に全力をあげていても、心の奥には好きな音楽をやってみたい気持ちがあった。50を過ぎて会社経営と拡大も一段落した。好きな音楽に手を染めるゆとりが出来た。地域の中小企業の経営者仲間とベンチャーズのコピーバンドを結成した。これは地元で新聞のニュースになった。

そして、若い頃に世話になった姉の子が、86年のヤマハのポップコン優秀賞に選ばれ世界歌謡祭に日本代表として出場した。そのグループを支援してきたのがきっかけで、99年に工場の社員クラブでライブをはじめた。毎月第三土曜日に開催し、入場料3000円。ウイスキー、焼酎、ウーロン茶などの飲み物をワゴンに載せてフロア中央に置きセルフサービスで利用する。缶ビールやつまみ類は自分でカウンターに行き買い求めるようにした。システムは今でも変わらない。寺内タケシもやってきて、来場者とプレイヤーのエインジョイぶりに感激し、出演したこともある。

ライブハウスは社員の福利厚生を考えて出来たものだが、社員も月に一回地元の住民が楽しむ場所として提供するのを納得しているという。都心のライブハウスは、値段も高いし、それなりの身なりでないと行きにくい。しかも大田区からは少し遠い。ここなら普段着で近隣の人たちが多い。気心がわかって世間話も出る。福利厚生だけでなく、社会のものとして、広く場を提供する。それがNPOにした理由であるという。

大田区の町工場というと、不況の時だけ融資を打ち切られるニュースが流され、ネガティブイメージが強い。しかし、いまは不況に耐えた強みのある企業がほとんどである。大田区の中小企業の社員には、働きながら音楽演奏を楽しむ人々も多い。こうした元気な地域でもあるのだ。【了】

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